第2話

2.最後の魔法

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 長門との国境付近に存在する、沿岸国境警備隊の軍都、武蔵潟。貿易港としての側面もあるこの都市は警備隊員やその家族などで居住者の八割を占めている。


軍需や貿易などのお陰で武蔵潟はまさに地方中枢都市といっても過言では無い程に殷賑を極めていた。


しかし、その盛況ぶりも隣国、長門との戦争が始まると影を刺し始める。


もう本格的な戦争が始まるのは時間の問題だと、内地へ避難するべきだと、そんな話が住人の間でも広がり始めたある日のことだった


戦争の狼煙は突然に上がる。

 

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 夕焼けが綺麗な良く晴れた夕方だった。

窓から沈みかけの夕日を眺めていると、一閃の光が空を駆け、遠くで落ちた。光は爆発して視界は白に染まる。


一拍遅れ、轟音が響き渡った。衝撃波が住んでいる四階建ての集合住宅を大きく揺らしたと思うと、町中のスピーカーからは警報機の音がけたたましく鳴り響いた。


それは国境警備隊壊滅を報せる、絶望の調べだった。


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大規模魔法


 ────落星───── 

 

一瞬のうちに警備隊の駐屯地を更地に変えた魔法の正体である。


まさに星が落ちたかのように辺り一帯の全てを吹き飛ばし地図さえをも書き換える。


近年、急速に力をつけた長門の成長の要因の一つが、この『落星』という魔法だった。


発動者、発動条件、その一切が秘匿されており小国はこの『落星』の脅威の前には膝を折るしかないのだ。


そして遂に、長門の星が大和へと落ちた。

 

 見慣れた街並みはそこらかしこで火の手が昇り、夕夜を紅く染めている。当たり前にあった日常はあっという間に崩れ去った。


そこからは一瞬だった。瞬く間に居住地は長門の兵士に為す術なく制圧され、魔術に覚えのある市民たちが抵抗するも、正規の軍人である彼らには歯も立たず、鎮圧という名の処刑が行われた。


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怒号や悲鳴が聞こえてくる。


部屋の片隅で蹲り耳を塞いで不安そうにこちらを見上げる息子。安心させる為に両耳に当てた小さな手の上に自分の手を重ねる。せめて自分の不安がこの子には伝わらないようにと、なんとか笑顔を作る。


「大丈夫...大丈夫だから...」


そうして小さなワンルームの片隅で息子の震える肩を抱き祈るように息を殺していると、家の外から軍靴の足音がこちらに近付いてくる。


肩を抱いていた両手に力が入る。


足音は家のドアの前で止まった。


そしてゆっくりドアの施錠が開けられる音とともに濃紺の軍服を身にまとった2人の軍人が家へと入ってくる。


一人がこちらへ歩み寄ると柔和な笑顔と共に一礼する。


「土足で失礼します。私、長門の戦略魔術部隊員の丹羽と申します。」


「な、なんで...」


「なぜここに入れたか、ですか?」


黙り込んだのを丹羽は肯定と受け取ったらしい。


「ご自宅にかけれていた認識阻害の魔術は確かに高度なものです。一端の魔術師では認識阻害の魔術を解除する所か魔術の存在そのものに気付かないでしょう。」


そう言って丹羽は賞賛とばかり静かに手を叩く。


「お母様は相当精神魔術に覚えがあるようですね。しかしながら我々もそれなりに訓練を受けていますので。」


笑顔のまま丁寧な口調で話す丹羽。もう1人の兵士は仏頂面のまま、なにも喋らない。


「私達を、どうするつもり。」


「少しばかり拘束させて頂きますが、悪いようにはしませんよ。」


そう言った丹羽を鼻で笑う。


「嘘ね。長門の戦略魔術部隊っていえば長門でも軍部の上層部しか全容を把握してない機密部隊でしょうが。そんな部隊の人間が名前を名乗っておいて『ちょっと拘束する?』笑わせないで。」


震えを押し殺して母親が言い放つと笑顔の消えた丹羽が目を細めた。


「へぇ...」


「ッ...」


その瞳の奥に見えた冷酷さに全身の毛が総毛立つ。目の前の人間がその気になれば赤子の手を捻るより簡単に自分達は殺される。火を見るより明らかな戦闘技術の差がそこにはあった。


「殺すつもり?」


「いえ、少々記憶処理をさせて頂きますが。」


「...どういうこと。」


記憶処理という不穏な響きに顔が曇る。


「そもそも、お母様に用事があるわけではありませんよ。」


「用事があるのは」と丹羽が自分に目を向けた。


「お子さんの方です。」


体全身が恐怖に染まる。弾かれたように立ち上がり子供の前に立ち塞がった。


「この子になにをするつもり。」


「申し訳ありません。守秘義務がありますので詳しいことはお話しできかねます。」


そう言って一歩、丹羽が足を踏み出した。


「近づくな!」


そう言って両手を広げ丹羽の前に立ち塞がるも今まで黙っていた兵士がこちらに手を向けた瞬間、一瞬の浮遊感の後、とんでもない力で体が壁へと叩きつけられる。


「がはっ...」


防御魔術の一切もまともに発動する間もなく叩きつけられた全身は一体何本の骨が折れたのか。もはや無事な骨を探す方が早いかもしれない。


込み上げた血液と胃液を吐き出し息子の前へと倒れ込んだ。大声をあげ泣きじゃくる息子が自分の体を揺らす。


「天王寺」


丹羽が振り返り魔術を使用した兵士を睨みつける。


「余計な真似をするな。」


「...了解。」


「お前は子供を連れて行け。」


天王寺と呼ばれた男が息子の首の根を掴み上げ家を出ていく。子供の必死に自分を呼ぶ声がどんどん離れていく


「私の子に、手を出すな...」


「重体ですね。最低限の治癒魔術を行使する余力もないですか。」


そういって丹羽が隣へしゃがみこむ。


「貴方は優秀だ。捕虜という立場にはなるが我が国でその能力を遺憾無く発揮してもらいたい。」


そう言うと治癒魔術を用いて応急手当を始めた。体に丹羽の魔力が流れ込んでくる。


「は、は...」


「...?大丈夫ですか。 」


この大怪我の中、乾いた笑い声あげる自分に丹羽が怪訝な表情を浮かべた。


「相手の、魔力に、自分の魔力を干渉させる、なんて...」


そういって丹羽の目を覗き込む。


「舐めたものね...」


「ッ!」


丹羽の顔が強ばり自分から跳ね退く。


しかしもう遅い。術式は仕込んだ。


『動くな』


呟くと同時に丹羽の動きが止まる。丹羽程の相手であれば30分程度しか効果はないだろう。それが今の自分に出来る精一杯の魔術だった。


「あんた、俺が治療するのをわかって...」


悔しげに顔を歪める丹羽。それを横目に痛みでおかしくなりそうな体を無理やり動かし家を飛び出した。


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「はなせ!!」 

 

今すぐこの手から抜け出して母の元へ帰りたかった。あんな大ケガの母親を1人にしておけなかった。


必死に藻掻き腕を振り解こうとするもがっしりの掴んだ大人の男の手から抜けるのは容易ではなかった。すると


『こっちを向けッ!』


母の声だった。いつも優しい口調で穏やかな母からは聞いたことがない声色ではあったが間違いなかった。


 男もその大声と魔力の反応に反射的に振り返り迎撃の姿勢をとる。しかし振り返った途端に体がピタと硬直したと思うと自分を掴んでいた手を離した。


「...言霊による催眠魔術か...迂闊だった。」


そう言うと男は地面に倒れ込んだ。 


振り返って見た母の姿は服の至る所が血が滲み、壁に手を当てながら歩くのもやっというまさに満身創痍の状態だった。


そのまま全力で母の元へと走り出す。


震える脚に力を込めて必死に走った。

足裏に刺さった石片を踏み潰して必死に走った。

傷だらけの母の歩く歩数が1歩でも減るように。


走って、走って、走った。脂汗を浮かべながらも自分に心配をかけないように笑顔で笑う母の元へ。


そして両手を伸ばしたその時だった。

 

眩しい光が一筋、頭の上を通り過ぎる。


光が母の胸を貫いていた。

 

膝から落ち自分に覆い被さるよう倒れた母と目が合う。


「おかあさん...?」


「あー…これは無理ね…」


そう言うと震える手で肩を抱き、優しく笑った。


「ごめんね…」

  

母の胸からどくどくと流れる血が直ぐに服を濡らして真っ赤に染める。


「あ...ああ...」


ぽっかりと空いてしまった胸の穴から流れる血を止めようと両手を必死に当てる。零れ落ちていく生温い真っ赤な血と対照的に白く血の気が無くなり冷たくなっていく母を前になにも言葉が出なかった。


「愛してるわ。」 


血に濡れた母の手が優しく頬を撫でる。


「いやだ...やだよ...おかあさん...」

 

随分と冷たくなってしまった母の指先を暖めようと震える手で握り締める。

 

「最後の約束よ。」 

 

母はいつもと同じ笑顔で小さく笑うと弱々しく手を握りして消え入るような声で、しかしハッキリと


『───生きなさい、なんとしても。』


母はそう言い終えると、ゆっくりと倒れ込んだ。


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平和を創るたったひとつの冴えた魔法 @-Yaika-

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