平和を創るたったひとつの冴えた魔法

@-Yaika-

第1話

1.二人の軍人

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「目標地点まで目算500m。」


「よし。ここで待機する。先行しろ。」


「了解。───那隧ノ渡───」

 

 ──────────

 

 東大陸でも有数の資源国で知られる陸奥の国。領土の半分以上が山嶺や森林のこの国で、最も有名なのが白祈山地と呼ばれる大森林である。


人十人の背丈を優に越える高さの杉が繁密に広がり、陽の光は生い茂る葉によって遮られ、昼時であっても薄暗い。ぬかるみ湿気った地面には苔類、菌糸類が生え広がり、なんとも言えない鬱屈とした空気が広がっている。


そんな広大な森林の中にひっそりと佇む建築物がある。工場のような構造をとるその建物は、全面を有刺鉄線の鼠返しが着いた金網フェンスに囲まれ、監獄さながらの様相を呈している。


いまは陸奥魔力電池開発所と呼ばれるこの施設は、元々は白祈山地に大量に眠る燐鉱と呼ばれる魔鉱を採掘するために作られた白祈燐鉱採掘事業所と呼ばれるただの採掘所の一つに過ぎなかった。


しかし陸奥の隣国である長門と大和が国境付近の金脈の採掘権を巡って対立、後に和門戦争と呼ばれる戦争へと発展すると状況は変わっていく。


両国の戦争はそれぞれ他国からの圧力を受け、互いに総力戦に踏み込むことが出来ないでいた。決定打に欠けた戦争は長期化し国境付近では今でも戦火が絶えず昇り続けている。


そんな中、陸奥と和平協定を結んでいた長門は陸奥へ今後の軍事的支援を条件に技術的支援を要求する。


陸奥はこれに了承し、陸奥の行政機関は秘密裏に進めていた"燐鉱を用いた特殊な魔力電池"の開発を一気に推し進めるよう指示。


燐鉱の供給源、秘匿性の高い立地、好条件を揃えていた白祈燐鉱採掘事業所は陸奥魔力電池開発所へと名を改めることとなる。


そしてここで開発された魔力電池こそ


「例の長門の自律魔導兵器、その原動力ってわけだ。」 


開発所近くの大きな杉の木の上、沈みかける陽に少しクマの目立つ目を細め呟くのは随分と体躯の良い体を迷彩柄の軍服に包んだ壮年と呼ぶには少しまだ若い男。


「帝国大和の軍人が人形ごときに苦戦してるなんて、涙が出る話だね。」


そういって溜息と共に肩を落とす。


「...お疲れ。弥生。」


男が横に目をやると、三白眼が特徴的な青年が隣に降り立った。気怠げに前を開けた迷彩服へと両手を突っ込み首を回す。


「どうだった?」


「黒子の連中から伝えられた事前情報通りです。長門へ流されている電池で間違いありませんでした。護衛に当たっている魔術師の人数、練度も。ウチの偵察班は全く有用で困りますね。」


迷彩服を着直し男の横へ同じように腰を下ろし腕を伸ばす。青年が前もって伝えられた情報の正確性に舌を巻いてると、突然思い出したかのように渋い表情になる。伸ばしていた腕をピタと止めると「それから...」と少し言い淀み


「...電池に使われているだろうと思われる数人の孤児の存在も確認しました。」


三白眼を疎ましげに細めた青年からの報告を受け、男も嘆息する。


「…ホント優秀だな、うちのモンは。」


本来、通常の魔力電池とは発光、発熱など、単純かつ単一の術式が組み込まれた製品に用いられる。それも、予め発熱であれば発熱のために変換された魔力が込められており、一つの魔力電池に込められた魔力が複数の魔術に使用されるといったことは不可能であった。


「報告を見れば魔道兵器の使用する魔術は明らかに複数の根源を行使していることは明白です。となれば」


「なんらかの方法で霊力の状態で抽出していたことになる。」


魔術を使うために錬成される魔力、その錬成される前段階の状態の魔力を霊力と呼ぶ。霊力は人間の身体が持つ生命エネルギーようなもので、生命活動を行うために無くてはならないものである。仮に体が健康であっても霊力が尽きれば人間は死に至る。

  

霊力を抽出するということは通常できない。魂と言っても過言では無い霊力の喪失を反射的に体が拒むからだ。強引に抽出しようものなら人体にどういった反応が起こるかは想像に難くない。


「ろくな方法じゃないのは確かです。」


青年の言葉を聞いて男は無意識に眉間を片手で抑える。そのろくでもない技術の研究データを手に入れることも今回の任務目標の一つだった。任務の成功が何を生むのか。気の滅入る考えが頭を過る。


また余計な考えをしてしまったと後悔して、無駄な想像をさっさと頭から追いやるため胸ポケットを漁り煙草を取り出す。

 

「子供の霊力で人形を動かす。その人形で戦線を破壊して子供を攫ってきてまた霊力を抜いて...永久機関完成ってワケだ。」


「誤解を招くような表現は適切ではありませんよ。」


青年が指を鳴らすと、その指先に小さな火が灯る。

 

「その永久機関が出来ていればこうして戦争なんて指定ませんから。」

 

男は火に貰うとを煙草を咥えた口を曲げて


「比喩表現って奴を知らないのかねお前は。大体、熱機関で作るのが不可能って判っただけだろ。魔力でもそうとは限らないんじゃねえの。」


そう言って煙草の煙を吐き出す。


「証明は出来ていませんが既に最近の魔導学は熱とほぼ同様に魔力を扱っていますよ。」


煙草の煙に顔をしかめながら青年が応える。


「じゃあ魔力でも永久機関は作れねえのか?」

   

と片眉をあげ隣の青年に問い掛ける男。問いかけられた青年は瞑目し「難しいでしょうね。」と頷く。


「基本的に魔力を微視的状態数的に捉えると魂から生まれたばかりの霊力というのはほぼゼロといっていいです。そこから霊力に根源を与えて魔力に変化させ、さらにその魔力を熱などの別エネルギーへと変換していくと状態数は単調増加していきます。こういった操作はエントロピー増大の法則からも判る通り自発的変化に関して不可逆性を持ち、魔力から生じたエネルギーをまた魔力へ変換するという作業を行うにはまた更に魔力を必要とします。つまり、熱効率でいうところのカルノーの定理と同様に魔力の転換率には一定の限界が────」


「うん。オッケー、オッケー、ありがとな。分かったわ全部。助かったよ。」


いつの間にか特別講義が始まり、知らない単語で頭が爆発しそうになってきたので片手をひらひらと振り感謝の棒読みと理解の大嘘で講義を強制終了させた。青年の不服そうな視線が男に刺さる。


「学の無い軍人は嫌われますよ。」


「学しか無い文官も要らないんだよ。」


むっと青年は眉間に皺を寄せる。三白眼の鋭い目線が男を睨む。


「じゃあ言いますけどその学しか無い文官の僕を此処に引っ張ってきたのはあんたですからね。」


憤懣やるかたないといった様子の青年がおおよそ上司に使うべきではない二人称で件の上司を睨みつける。


「お前は残念なことに学以外も優秀だったからな。」


「...そうですか。僕は座って静かに新しい文献や論文と睨めっこしていたかったですけどね。」


「あんな陰気臭いとこいるもんじゃねえよ。」


「こんな血生臭いとこにも来たくはありませんでしたが?」


「はは、そりゃそうだ。」


一回り近く年下の部下の睨みも何処吹く風といった様子で男は笑う。


「今日も頼むぞ。」


「チッ。ああ、デスクワークが恋しい...」


「...」

 

仮にも上官命令絶対服従の軍人として先輩への舌打ちは咎めるべきかと考えたが、後になって書類関係の小言を頂く時に三倍になって帰ってくるのが明白なので上がった溜飲は渋々下げる他ない。


吸い終えた煙草の吸殻を手で握り潰す。


空へ吐いた煙を眺めながら青年へ声をかける。


「あともうひとつ。」


「なんですか?」


「永久機関があれば戦争しないってお前言ったよな。」


「ええ。」


「そんなことはないさ。」


青年は反論しようと口を開いたが男の確信を持った横顔を見て何も言えなくなってしまった。人の暗い部分ばかりを見てきたこの男がどう考えたのか何となく想像が出来てしまったから。


「熱力学第二法則が破れた位じゃ平和は訪れないよ。」


この男の考える平和の価値は世界の法則を書き換える事実より重い。平和の価値とは如何程か。青年は静かに軍服の襟を正した。


それを横目に見た男は「仕事を失う心配はないってことさ」と言って薄く笑った。

  

──────────


 益体無いやり取りを終えた少し後、2人は開発所付近へと足を進めた。


目標地点の開発所はもう目と鼻の先、特徴的な白の外壁が木々の合間から顔を覗かせている。


「────時間ですね。」

   

 青年が腕につけた時計を確認し、目標地点へと目を向ける。


「条紋寺さん。そろそろお願いします。」


男はふっと一息つくと左右袖のボタンをパチと止めた。


そして「確認だが」と、青年の方へ向き直り


「任務目標は研究責任者である施設長の確保、及び施設の研究資料の奪取、そして施設関係者の殲滅...だ。」


太陽は地平の下へと姿を隠し、夜の帳が降り始めていた。


「上からの司令通り、施設職員は可及的速やかに始末する。が、作戦立案時にも話した通り子供は可能な限り保護すること。精神魔術などの影響が見られた場合を除いて子供には危害を加えるな。状況終了次第、待機している黒子の連中に回収させる。」


男の指示に対して首肯した青年が取り出した面で顔を覆う。


それを見届けると、男が両手を合わせ掌印を結んだ。


「作戦開始だ─────領域魔法 月読出雲。」


新月だった闇夜へ揺れる満月が、雲を引き連れてどこからともなく浮かび上がった。



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