第14話
夕食時、食堂で席に着くと食事が運ばれてくる。
この食事もあと何度食べられるのだろうか、と考えているとそれを察したかのようにサーシャが
「シルヴィさん、いつまでここにいる予定ですか」
と問いかけてきた。
「あと3日の予定だな」
「そうですか。寂しくなります」
寂しくなる、そう思われるほど長く滞在していたのだ。
「そうだな、寂しくなる。随分長く世話になったありがとうサーシャ」
「そんなの、当然のことですよ」
「また、来るよ」
「本当ですか?約束ですよ」
ふふっ、笑ってシルヴィは頭を縦に振る。
「また見たいからな、崖の月の景色」
「妖精の祝福ですよ。間違えないでください」
サーシャが怒ったような仕草をする。
「それ、本当にその名前にしようとしてるんだな。町の人もそう呼んでいるのを聞いたよ」
「当然です!今まではあんな素敵な景色の名前をつける言葉選びができなかっただけです。それがこんなに素敵な名前、呼ばない方がどうかしてます」
サーシャは強く言い切った。
その熱意にシルヴィは言い淀む。
誤魔化すように食事に手をつけ始める。
ふと、セリナの姿が目に入る。
食器か何かを運んでいるようだった。
その姿がギルドメンバーの一人に重なる。
彼女は明るい性格と人当たりの良さでギルドのメンバーや来客と会話を弾ませていた。
彼女はギルドにとってなくてはならない存在だった。
どんな想いでギルドに勤めているのだろうか。
人付き合いが得意でないシルヴィ達に代わってメンバーを気にかけ、時に親身になって相談に乗っていた。
それに加えてシルヴィ達ギルドを作った4人の口喧嘩の間を取り持つこともよくあった。
不器用な4人、その中でもとりわけ不器用な自分の相手をするのは辛くなかったのだろうか。
4人で一緒なら上手くいく、そう思って始めたギルドはいつの間にか4人の意見が揃わなくなっていた。
お皿もらっていきますね、とセリナに声をかけられ現実に戻される。
感傷に浸ってしまった。
残りの夕食を食べ終えて自室へ帰った。
ガンガンガンとけたたましい鐘の音が町中に響き渡った。
シルヴィは跳び起きてロビーへ走っていく。
習慣というのは頼りになる。
手には剣と上着、そしてしっかり靴を履いていた。
ロビーにはセリナとサーシャ、他の宿泊客はいないようだ。
「何があった?!」
シルヴィの問いかけに二人は不安げな声を上げる。
「魔物が出ました。それを知らせる鐘です」
シルヴィは窓に近づいてカーテンを少しだけずらして外を見る。
じっと辺りを観察するがそれらしい姿は見えない。
「念の為入り口を塞ごう。机を持って来てくれ」
それを聞いて走り出しそうになるセリナをなるべく音は立てないようにと制する。
上着を着ながらもう一度外を見る。
「まさか、出ていくつもりですか?」
サーシャが驚きと恐怖が混じった声で尋ねる。
「私が出たら二人で出入り口を押さえておけ。なるべく音は立てないように」
シルヴィは冷静に指示を出す。
「あ、危ないですよ」
震え声のサーシャを宥めるために笑顔を見せて話す。
「まかせろ。得意分野だ。それに相手の想像もついている。大したことはない」
半ば振り払うように扉へ向かう。
頼んだ、と言って外に出る。
音を立てないように扉を閉め、辺りの様子を伺う。
目だけではなく耳で、肌で周りの気配を感じ取る。
しばらくその場に留まって辺りの安全の確認と暗闇に目を慣らす。
耳を澄ませていると遠くから人の声が聞こえる。
恐怖による叫びではない。
シルヴィは小走りで声の方へ向かう。
「家から出るな!魔物だ!家から出るな!自警団が対処してする!」
誰かが注意喚起しながら走っている。
シルヴィは並走するように近づき、剣を見せて余計な会話を省こうとする。
「私も手伝おう。状況は?」
「あ!あなたは…」
青年は息を切らしながら答える。
聞き覚えのある声、顔を見るとこの前話した青年だった。
「北の林道です。熊の魔物がいます」
熊、と聞いてシルヴィは嫌な汗をかく。
「もうすでに自警団が戦っています」
そういうと青年は舌打ちをする。
「あの子どもと同じ種類です。どっかから来たんだ!」
「子ども?」
口に出してから思い当たった。
先日話していた罠にかかった魔物の子どものことだ。
「真っ白で!首だけ茶色の種類だ!やっぱりおかしかったんだ!」
シルヴィはハッとした。
その熊の特徴に心当たりがあったからだ。
「ツガイだ」
「ツガイ?」
繰り返しながら青年が尋ねる。
シルヴィはさらに冷や汗が出るのを感じた。
「もう一体いる。子どもの魔物の親なら間違いなく」
「もう一体?ああツガイ!」
合点がいったような声を上げる。
「とにかく急ごう。早く退治してもう一体を探すぞ」
速度を上げたシルヴィ。
何かを感じたわけではない。
何かに気づいたわけでもない。
ただ建物の間から見える森に目がいった。
そこにシルヴィは見つけた。
ギラリと光る2つの眼を。
「いた…」
「え?どこに?!」
「あっちの森の中だ」
シルヴィはどうすべきかを逡巡する。
「私が行く。なんとか食い止めて見せる」
「なら必ず皆を連れてきます!」
「そっちを片付けてからでいい!」
青年は林道へ走って行く。
シルヴィはゆっくりと息を整えながら2つの眼の元へ向かう。
慎重に近づいていく。
森の前に着く。
じっと眼を見ていたせいかその正体が観念したようにのっそりと現れた。
白い体毛、首には茶色の半円。
聞いていた通りの姿だ。
じっと目を見て逸らさないようにしながら剣を抜いて鞘を投げ捨てる。
気は抜かない。
集中は切らさない。
目を離さない。
当然のことを反復する。
魔物はジリジリと距離を詰めて来る。
シルヴィはゆっくりと距離をとる。
痺れを切らして魔物が突っ込んで来た。
大きく飛び退いて一撃を躱す。
良い手ではなかった。
そのまま続けて突撃されていたら避ける手段がなかった。
改めて剣を握りなおす。
魔物が再びシルヴィへ向かってくる。
右腕。
振り上げられた腕を冷静に見極め外に躱す。
魔物は勢いを残したままシルヴィへ向かってくる。
もう一度避ける。
1回目より小さく、体勢を崩さないように。
そこに隙を見出した。
狙いは首、一気に命を奪う算段を立てた。
シルヴィの突き出した剣は狙い通りに首に刺さった。
魔物は暴れる。
シルヴィは地面に叩きつけられた。
慌てて立ち上がり、なんとか走って距離をとる。
振り返って剣を構える。
そこには前のめりに倒れ込んだ魔物と折れた剣が視界に入った。
しばらく倒れた魔物に剣を向けていた。
動かない、そう確信した途端身体中の力が抜けて倒れ込んだ。
汗が滝のように流れる。
危うかった。
シルヴィの実力で勝てたのは幸運だった。
とにかくもう一体の方へ向かわなければ。
投げ捨てた鞘を拾って、杖のようにして立ち上がる。
剣は折れたが借りれば戦えるだろう。
息を整えながら北の林道に向かう。
暗く、はっきりと見えないが戦っている様子はない。
近づいていくうちに何か叫んでいるのが聞こえてくる。
取り囲まれ、中央で抱き抱えられるている。
そこには血まみれで倒れるマイルスの姿があった。
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