第12話


シルヴィはファルクの店に来ていた。

店の中には鉄の匂いが充満していてどうにも好きになれなかったがどこか心地良さを感じさせる不思議な空間だった。


「ごめんください。宿屋の包丁を取りに来たシルヴィだ」


声をかけると店の奥からガタガタと音がしてファルクが顔を見せた。


「ああ、きたか。ちょっと待ってくれ」


ファルクはまた店の奥に戻っていく。

そして包丁を2本持って現れた。


「この2本で間違いないか?」


シルヴィの前に包丁が並べられる。

持ち込んだ時の刃の形と握り手の傷を記憶と照らし合わせて返事をする。


「大丈夫だ。間違いない」


シルヴィが包丁を包むための布を取り出すと私がやろう、と言ってファルクが引き受ける。

慣れた手つきで布を巻く。


「ほら、気をつけて持ってくれ」


ファルクは丁寧にシルヴィに渡す。

一枚の布に2本まとめてまとめて、それでいてしっかりと巻いてある。


「ありがとう、気をつけるよ」


「いつまでここにいるんだ?」


シルヴィは少し答えに悩む。


「近いうちには帰ろうと思っている」


「そうか、寂しくなる」


「また来るよ。ここのあの景色は本当に素晴らしかったから」


そうか、とファルクは呟くと


「なら頼みなんだがマイルスが近々王都に行くらしい。何かあったら手伝ってやってくれないか?」


それを聞いてシルヴィは思わず笑い出す。


「ここの人はおせっかいばかりだ。その言葉をもう何度も聞いたよ」


不服そうなファルクを横目にシルヴィはひと笑いする。


「約束するよ。何かあったら助けてやる」


そうか、と言うファルクにシルヴィは


「あいつは人気者だな」


と言った。


「当たり前だ。マイルスだからな」


とだけ言って店の奥に戻ってしまった。

シルヴィも店を後にし、包丁を抱えて宿に向かう。

今日は天気がいい。

そう気づけると辺りが僅かに暖色かかったように見えてしまう。

遠くを眺めながら歩いているとロブの店から誰かが出てくるのが見えた。

揉めている、そんな風に見える。

バタンと扉が閉められ、青年が立ち去っていく。

何があったのだろうか、気になって店に立ち寄る。


「ロブ、今いいか?」


シルヴィの問いにロブは答えない。


「困り事か?手伝えることはあるか?」


シルヴィは続けて問いかけた。

頭に血が昇って怒鳴って、相手がいなくなってから後悔している。

そんなとこだろうと辺りをつける。

しばらく待って何も言わないようなら帰ろう。

そう決めて少し待つ。

沈黙、外の音が聞こえてしまう。

ふーっと息を吐いて帰ろうとした時、ようやくロブが口を開いた。


「少し、カッとなってしもうた」


静かに言った。


「そうか、何があったんだ?」


ロブは落ち着くためか、ため息をついた。


「わしは間違っていない」


「そうか、聞いてもいいか?」


「自警団のやつらが魔物退治に行ったらしい。そこで罠を使ったら目的じゃない魔物の、それも子供がかかったんだと。見に行ったら時にはすでに死んでいたようだが。丁寧に葬ってやれと言ったんだがやつらは命を奪った以上有効に使いたいと言ってきよった」


「一理あるな。私はロブの考えの方が好きだが」


ロブは首を振った。


「我儘だよ。半分は魔物でも子供を捌いて加工するのはどうも…」


わかるよ、と共感するがロブは何も言わない。


「誰かに伝えておくよ。おせっかいだろうけど」


ああ、と珍しく覇気のない声でそういうのが聞こえた。

店を出て宿に一度戻ろうとする。

歩いていると先ほどの青年を見つけた。


「すまない、少しいいか?」


追いついて声をかける。

振り返った青年は少し眉を顰めていた。


「どうかしましたか?」


「さっき、あの革職人と口論になっていなかったか?」


ロブの店を指しながら尋ねる。

ええまあ、と青年は言いながら眉間の皺が深くなる。


「怒鳴って悪かったって、言ってたよ」


青年は一気に目を見開いた。


「ほ、ほ、本当ですか?!」


青年の驚きように普段のロブがどう思われているのかがわかった気がした。


本当だよ、と言ってさっきの話をする。


「あの偏屈爺さんが…。それに…」


青年は唸りながら考え込んでしまう。


「少し、考えてみます。僕たちは…短絡的だったのかもしれません」


青年はまた唸る。


「皆と話し合って来ます」


そう言って青年は走り去っていく。

それを見送ったシルヴィには何故か見覚えのある光景に思えた。

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