第11話
「待たせたな」
酒場で1人席に座るマイルスを見つけてシルヴィは声をかけた。
「いえ、私が早く来すぎたんです。こちらへどうぞ」
マイルスは自分の正面の席をすすめる。
「まずは注文しましょう。シルヴィさん何を飲みますか」
「マイルスは?」
「私はエールですね。そればかり飲んでいます」
「なら私も」
「食べ物はどうしますか?」
「任せるよ。おすすめのものを」
「なら猪肉の香草焼きとサボテンのチーズ焼きなんてどうですか?」
「サボテン?うまいのか?」
「ええ、もちろん。この辺りではよく食べられるのですが他の地域では馴染みがないのでしょうか」
「サボテンを食べるなんて聞いたこともない。食べてみたいな」
わかりました、と言ってマイルスは注文を済ませる。
程なくしてエールが2杯運ばれてくる。
「魔物退治の成功を祝して」
2人はぐっとエールを煽る。
「それで?どうやって退治したんだ?」
「恥ずかしながら運よく対峙できただけなんです」
「そうか、ならお前達の粘り勝ちということだな」
「そう言って貰えると嬉しいです。狼が森の奥から来ていたのでそこに罠を仕掛けていたのですが見事に見破られて避けられていたのです。だから避けた後に通りそうな場所を予想して待ち構えていたのです。そうしたら運よくそこにやって来たので退治できました」
「運か。それも自警団が頑張った結果だろう」
マイルスは一拍置く。
「本当は実力で戦いたいんです」
マイルスは一気にエールを飲み干す。
「私は騎士になりたいんです」
「聞いたよいつだったか」
「もっと人の役に立ちたいんです。小さい頃から憧れていて、困っている人を助けられる
「現実を見ていないな」
シルヴィは冷たく言った。
「一人でできることは知れている。一人で戦おうとするやつは仲間を危険に晒す。騎士が死ねば助けられる人も助けられなくなる」
「分かってますよ。頭では」
マイルスはくるくるとグラスを回している。
その姿が妙に可愛らしく思えた。
「ふふ、少し意地悪かったか?」
「ええ、とても」
「でも出鱈目は言ってないよ。本当のことだ」
マイルスはムッとした。
「分かってます。だから意地悪なんですよ」
しばらく見つめ合って二人は笑い合った。
「シルヴィさん、もっと王都のこと聞かせてくださいよ。騎士になったら住むことになるんですから」
「ふふ、気が早いな。いいよ、何が聞きたいんだ?王都のことと言われても何を話せばいいかわからないよ」
「そうですね…、それなら…」
マイルスが王都について質問する。
シルヴィが悩みながら答えていく。
それを何度も繰り返した。
しばらく話し込んでいると酒場には人がまばらになっていた。
シルヴィの感覚ではそれほど遅い時間ではないのだがそろそろ閉店の時間なのだろう。
「そろそろ私たちも出ましょうか」
マイルスに言われて席を立つ。
思った以上に飲み食いしてしまったので少し出そうと思ったが必要ない、とマイルスに店の外に出されてしまった。
お待たせしました、と会計を済ませたマイルスが出てくる。
「今日は楽しかったよ。どうもありがとう」
「どういてしまして、私も楽しかったです」
「本当に良かったのか?結構食べてしまったが」
「ええもちろん。これは報酬ですから」
「そういえばそうだったな」
ふと、マイルスは遠くを見つめた。
「少し歩きませんか」
構わない、と答えるとマイルスは歩き出す。
緩やかな坂道を登っていく。
二人とも黙ったままで、冷たい空気が鼻の奥へ抜けていく。
「あそこです。あの石垣のところからの見晴らしがいいんですよ」
二人は石垣の方へ向かう。
石垣は胸の下ほどまである。
そこに肘をついてマイルスは話し始める。
「ここからの見晴らし、妖精の祝福ほどではありませんが星と町が一望できるんです」
並んで町を眺める。
建物が並んでいるのを見ているとつい自分の泊まっている宿を探してしまう。
「シルヴィさんはいつまでこの町にいる予定ですか」
「決めてはいないけれど、そろそろ帰ろうかと思っているよ」
「そう…ですか」
また沈黙が流れる。
町の灯りがポツポツと疎についている。
「あの!」
マイルスが上擦った声を上げた。
どうした?と声をかけようとするがその前にマイルスが言葉を続ける。
「私は今年の騎士団への入団試験を受けます!そして必ず騎士になります!」
「ああ、応援してる」
「私が騎士になれたら!私と!王都で暮らしてもらえませんか!」
「王都で?」
シルヴィは言葉の意味がわからず繰り返した。
「私と…結婚して貰えませんか?」
顔を真っ赤にしたマイルスが月夜に照らし出されていた。
その顔を見てやっと言葉の意味が理解できた。
同じようにシルヴィの顔も熱くなった。
言葉に詰まり、頭が回らなくなる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
シルヴィはそっぽを向いて突き放すように言った。
「本気で言っているのか?」
顔など見れるはずもなくそっぽを向いたまま尋ねる。
「もちろんです」
澄んだ声でマイルスは答える。
しばらく黙って、何度も何度も深呼吸してやっと言葉にした。
「…少し考えさせてくれ」
それが限度だった。
「わかりました」
それだけ言うとマイルスは今日は帰ろうと提案する。
宿まで送るという提案を断って帰路に着く。
困らせてしまってすみません、と謝るマイルスに碌に答えられず別れた。
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