第9話


シルヴィはまた洞窟に向かっていた。

もちろん、あと何回見られるかわからない景色を見るためだ。

宿を出てすぐに見知った顔を見つけた。


「ロブ、あんたも見に行くのか?」


「ん?ああお前さんか。」


ロブは手に持っている酒を一口飲んだ。


「当然だ。見ない手はないからな」


そうだな、と賛同する。


「そうだ、ちょっと待ってろ」


ロブは来た道を戻り、自分の工房に入っていく。

少しして何かを持って戻ってくる。


「ほら、有り合わせで作ったものだがお前さんにやるよ」


渡された革の手袋を見る。

端材で作られているせいで左右で所々色が違う。

しかし、仕上がりはとても良い。


「貰っていいのか?」


「ああ、お前さんいつも素手で薪割りしてるだろう。怪我するぞ」


シルヴィは驚いた。

他人には無関心なのかと思っていたロブからそんな事を言われるとは思わなかった。

それにこの質の物を買おうとするとそれなりにするだろう。


「ロブ、あんたは…」


立派な人だよ、と言いかけて止める。

きっとロブは喜ばないだろうと思ったからだ。


「意外とお節介だな」


代わりにそういうとロブはムッとした。


それをよそ目に手袋をはめてみる。


「いい物だ。大きさもぴったりだし気に入ったよ。ありがとう」


フン、とロブは鼻を鳴らして応えた。


それから目的地まで無言で歩いた。

洞窟に到着するとそこには誰もいなかった。


「誰もいないな」


「当たり前だ。皆、生活がある。お前さんと違って毎日来れるほど暇ではないわい」


棘のある言い方だ。

きっとさっきの仕返しだろう。


「そうだな。暇なのは私とロブだけだ」


嫌味で返すとロブはまたムッとしていた。


「明日は皆が来る。今年最後らしいからな」


「そうか、明日が最後か」


その時、冷たい風が吹いたかのようにシルヴィの中で何かが冷えて乾いた。

寂しさというやつだろう。

しかし、そんなものはすぐにどこかに行ってしまう。

息を合わせたかのように2人は地面に座り込む。


「座る場所くらい考えたらどうだ。土の上より草の上の方が幾分かましだろう」


ロブは呆れたように言った。

そうか、と呟いてシルヴィはロブの反対側に回る。


「お前さん、前は椅子を持ってきていなかったか?」


「面倒だからやめた」


それを聞いたロブはロクでもないな、と楽しそうに笑った。


しばらく、また沈黙が流れる。

遠くの風や木々、生き物の吐息が聞こえてくる程に静かだった。

そこで口を開いたのはロブだった。


「なあ、嬢ちゃん」


囁き声のようだった。

聞き間違いかと思いながらもなんだ、と返事をした。


「マイルスの坊やは騎士になれるのか?」


酔いの回った赤い顔。

それでも視線は真っ直ぐだった。


「どうかな、私は騎士じゃないからわからないよ」


「マイルスの坊やが褒めとったぞ。腕がいいって。坊やは都会でも通用するのか?」


「…私より腕の良い人なんてゴロゴロいる。そんなのの集まりが騎士団だ。そいつらと競うんだからどうだろうね」


シルヴィは近くにあった小石を手に持って正面に投げた。

カンと音がして小石は転がっていく。


「でも一番になる必要はない。上から何十番目にかになれれば騎士にはなれる」


ロブはグッと酒を煽ってから呟く。


「随分と険しい道だ」


「当然だ。この国で一番栄誉とやらがあるんだからな」


「ぶははは!わしには理解できんわ!」


ロブは大笑いした。

シルヴィもつられて笑った。

ひとしきり大笑いした後ロブは優しい目をしていた。


「マイルスの坊やは大変じゃのう」


そう呟くロブにシルヴィは言葉を探した。


「マイルスは多くの人に慕われている。この町に来たばかりの私にでもわかる。人に慕われると言うのは騎士に必要な素質だと思うよ」


聞いていたロブはまた酒を煽った。

そうかい、と呟いた表情は今まで以上に嬉しそうなものだった。

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