第6話


「シルヴィさん!行きますよ!」


扉の外から呼びかけられる。

シルヴィは防寒着を着て部屋の外に出る。


「サーシャも行くのか?」


「もちろん行きますよ」


「そうか。なら一緒に行こう」


はい!と答えたサーシャは嬉しそうにしている。


「こんな時間からで間に合うのか?」


すでに日は落ちて、辺りは暗くなっていた。


「もちろん、見るだけなら早いくらいです。でも、真ん中のいい場所を取りたいのでもう出発です」


「それは楽しみだ」


シルヴィが頷くとサーシャはふふふと嬉しそうに笑った。


道中には所々明かりを持った自警団が立っていた。

サーシャは彼ら一人一人に声をかけながら通っていく。

洞窟に到着する。

中の広場にはすでに何人かが座っている。


「こっちです。ここにしましょう」


サーシャが洞窟の中央より下がった所を指す。

その場所に座って空を見上げる。

すっかり暗くなった空に星屑が煌めいている。

円形の空を眺めていると角の方が明るくなる。


「あれ、月じゃないか?」


「本当ですね。少し見えてきましたね」


二人は黙って空を見上げる。

気づけば周りには人が増えていた。

おお!と誰かが感性を上げた。

皆が空に注目する。

月が半分以上見えていた。

差し込む月明かりが多くなり、空洞の壁面に反射しキラキラと光っている。


「すごいな、綺麗だ」


思わずシルヴィが呟いた。


「ふふふ、まだまだですよ」


サーシャは何故か得意げだ。

ついにその時がきた。

辺りの感性が高まり、一気に静まる。

月が円形の空に収まった。

その瞬間辺りは光に包まれた。

黄、白、緑、入り混じって輝く。

優しい光に包まれ、浄化されるような気がした。

皆は歌を口ずさんでいる。

聴いたことのない歌だ。

反響して重なってこだまする。

誰かが周りで歌っているかのように聴こえた。

愛おしい歌に耳を澄ませる。

どこかに連れて行ってくれる、そんな気分になる。


「シルヴィさん!どうですか?」


そうだな、とだけ言ってシルヴィは言葉を詰まらせた。

この光景を表現する言葉が見つからなかった。

ただただ美しい。

そう表現するしかなかった。

シルヴィは光を吸い込むかのように息を肺一杯に吸った。

もう一度月を見上げる。


「まるで…」


そう呟いた途端、興奮で頭に血が昇っていくのが自分でもわかった。

その時感情は言葉になった。


「綺麗だ。本当に綺麗だ。光に包まれて、祝福されているようだった。それにあの歌も反響してまるで妖精たちが周りで歌っているかのようだった」


「素敵!とっても素敵!祝福!妖精!」


サーシャは顔を赤らめて舞い上がってしまった。

それを見てシルヴィも恥ずかしくなった。

サーシャを落ち着かせようとしていると背後から声をかけられた。


「どうですか?崖の月は?」


「駄目よ!崖の月なんて!これからは妖精の祝福って呼ぶの!」


サーシャはうっとりとしている。


「妖精の祝福、なるほどぴったりだ。とても素敵だよ」


マイルスは頷きながら言う。


「当たり前でしょ!シルヴィが付けたんだから!」


「お、おい…」


恥ずかしい、顔が真っ赤になっているのがわかる。

シルヴィは妙な汗をかく。


「シルヴィさんでしたか、やはり貴方は素敵な方だ」


真剣な顔で言うマイルスにシルヴィはそっぽを向く。

何を言われたって反応してやらない。

もう直ぐに終わってしまうであろうこの光景を目に焼き付けるため空を見上げ続けた。

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