第5話


シルヴィは日課となった薪割りを終えた。

今日はついに目当ての景色が見られる日だ。

昨日サーシャと話してから随分と気分が昂っていたようだ。

あまり眠れずに朝を迎えた。

早く見たい、早く時間が経て、と思いながら剣を持って鍛錬に向かう。

聞けば今夜から間違いなく見られると言う。

いつもの場所でひたすら剣を振る。

集中力がいつもより続かない。

シルヴィが剣を振っていると後ろから声をかけられた。


「あの、すみません」


振り返ると見覚えのある青年がいた。

名前はマイルスと言っていたはずだ。

何か用か、と尋ねるとマイルスは頬を掻く。


「えっと、お邪魔してしまってすみません。通りから剣を振っているのが見えたもので声をかけてしまいました」


「構わない。ただ振っていただけだ」


そうでしたか、とマイルスは呟いていた。


「あのご一緒してもいいですか?」


シルヴィは眉間に皺を寄せた。


「一緒?私は本当に振っているだけだぞ?」


「ええ、一緒に鍛錬に励みたいんです」


シルヴィは少し首を傾げながらも、そう言うことなら好きにしてくれと答えた。

一緒にと言ったが本当にそれぞれが勝手に剣を振っているだけだった。

黙々と剣を振り、2つの風切り音だけが鳴っていた。

しばらく振り続けてから一息ついて休息を取る。


「シルヴィさんはどこの流派ですか?」


「流派?流派といわれても誰かに教わったものじゃないよ」


「そ、そうなんですか?自己流でそんなに綺麗な剣筋を…」


「自己流、というのも少し違うかもしれない。一緒に剣を振りながら覚えた友人がいた」


少し照れて笑うシルヴィの笑顔にマイルスは特別な感情が滲んでいることを感じた。


「それは、きっと素敵なご友人だったんでしょう」


「どうかな、そうだったのかも」


シルヴィは顔を上げ、風に揺れる木々を見つめた。


「私も友人に恵まれました。一緒に自警団をやっていますが、共に切磋琢磨し町のために協力できる素晴らしい仲間です」


マイルスは自慢げに話す。


「それはいいことだ。いい仲間というのは何物にも変え難い」


それを聞いたマイルスは嬉しそうだった。


「さて、私は一度戻るよ。夜に崖で見られる景色というのが今日かららしいからな。それまで休むとするよ」


「ああ崖の月のことですね!あれを見にいかれるんですね」


「崖の月?そんな名前なのか?名前はないと聞いていたが」


「ええ、正式な呼び名がないので勝手にそう呼んでます」


「崖の月、か」


シルヴィは首を傾げて考える。

何故かしっくりと来なかったからだ。


「そう呼ぶかは今日見てから決めるとしよう」


シルヴィは手を振って宿に戻った。

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