第4話
「シルヴィさん、おはよう」
「おはようセリナさん」
「あら?今日は元気そうだね」
「そうなんだ。今日は何故かスッキリ起きられてね」
「それはいいことだね。そんなシルヴィさんにいい知らせだよ。洞窟の景色、明日あたりから見られそうだって」
それを聞いてシルヴィはおぉと声を漏らした。
「ついに見られるのか。待ち遠しかった。本当に楽しみにしていたんだ。誰に聞いてもとても神秘的で綺麗だと言うものだからな」
「ふふふ、間違いないよ。私もあんな綺麗な光景は他では見たことないからね。でも期待しすぎないで、いつから見られるかわからないものだからね。明日は無駄足になるかも」
むぅ、と唸る。
「しかしどうやってその景色が見られる日がわかるんだ?毎年決まった日ではないんだろう?」
セリナが困った、といった顔をした。
「どう、なんだろうね?よくわからないんだけどその日がわかる子がいるんだよ。なんでも月を見ていたらわかるらしいんだけど」
ある種の才能というやつだろう、と思う。
自分には全く理解できないが独自の理屈で物事を理解してしまう者は一定数いる。
「それは凄いな。才能というやつだろう」
そうなんですかね、とセリナは言う。
「ねえ、シルヴィさん。その景色が見られる場所、行ったはありますか?」
サーシャが身を乗り出して尋ねてくる。
「いいや。行ったことないな」
「そう!なら私が案内してあげる!」
「そんなにややこしい場所にあるのか?」
「ええそうなんです!言葉で説明するのは難しい場所にあります」
「だったら頼もうかな」
「やった!なら早速行きましょう!」
「今からか?随分と急ぐな」
シルヴィはセリナの方をチラリと見る。
「いいでしょう?お母さん」
セリナはため息をつきながらも仕方ない、といった様子だ。
「今日だけだよ。戻ったらその分しっかり手伝ってもらうからね」
「やった!ありがとう!さあ行きましょう!」
「ちょっと待ちなさい!シルヴィさんはまだ朝ごはん食べてないよ!」
あはは、と照れ笑いするサーシャにつられてシルヴィも笑った。
食事を終えたシルヴィはサーシャと共に目当ての景色が見られる場所へ向かう。
町の奥の森の中にあるらしい。
「サーシャ、その景色を見る場所に名前はないのか?」
「え?あそこの名前ですか?無いと思いますけど…」
「その景色にも名前がないんだろう?どう呼んでいるんだ?」
「崖の景色って言えばわかりますから…。場所には誰も名前なんかつけませんよ」
「そうなのか?私の街では小さな広場や細い道なんかにも名前があったからそういうものだと思っていたが」
「むー、それは都会の話でしょー。田舎には無いんですー」
サーシャは唇を尖らせている。
そうなのか、とシルヴィは呟いた。
「そんなことより王都のことを教えてくださいよ!王都に住んでいたんでしょう?」
「王都のこと?うーん、そうだな。人は多いぞ。歩きづらくてたまらない。あとは店が多いくらいか?よくわからない店や似たような店が沢山ある」
「お店!いいなあ、可愛いものとかいっぱいあるんでしょう?」
「かわいいものか、私には縁がなかったがそういうのがおいてある店はあったよ」
「ふーん、シルヴィさんも可愛いものが好きなんだ」
縁がない、と言ったのだがと思っているとサーシャをこちらを見て笑っている。
「縁がないって言いながら可愛いものが売っているお店、ちゃんと知ってるじゃない」
む、と言ってシルヴィは眉間に皺を寄せた。
「ふふふ、意地悪ですよ。いつかのお返しです」
サーシャはそう言って笑った。
それからサーシャは王都への憧れを話していた。
そんなことに憧れるのか、と思うことも楽しそうに話している。
話を聞きながら歩いていると森の奥まで来ていた。
「町からずっと真っ直ぐに道なりに進んできたがまだ歩くのか?」
「このまままだ真っ直ぐです。突き当たったら右に曲がって真っ直ぐです」
道順は言葉で伝えられない程複雑だったのでは、と思ったが指摘はしなかった。
いつもサーシャは一生懸命だ。
たまには息抜きも必要だろう。
「私ばっかりじゃなくてシルヴィさんのことも聞かせて下さいよ」
「私の?そうだなあ」
何を話せばいいのか、首を捻る。
「なら、私が育ったところの話でもしようか」
うん、とサーシャが頷いたのを見て話始める。
「私は孤児院にいたんだ。気づいた時からずっと。教会付きの孤児院だったからそれなりの暮らしができていた、沢山の同じ境遇の友達に囲まれて毎日が楽しかった。今思えばその孤児院の院長がとても変わっていてな、教会付きだというのにお祈りなんかは全く教えられなかった。神様は信じたくなってから信じればいい、それよりも今支えてくれる人に感謝しなさいって。その代わりにおまじないなんかはよく教えてもらったよ」
「素敵なところだったんですね」
「そうだな、いいところだったよ。とてもね」
ふぅ、とシルヴィは息を吐いた。
「でも無くなった。私たちが孤児院を出て始めた仕事が軌道に乗って、久しぶりに皆に会いに行ったら跡形も無くなってた」
「えぇ!本当ですか?!」
サーシャはまんまるに目を見開いた。
「本当だよ、残念ながら。孤児院の建物があった場所は更地になっていて、あの時は何が起きたのか分からなかったよ。院長も他の子供たちも、行き先はわからず終いさ。今でこそ笑い話だけど」
「全然笑えませんよ…」
そうか、と言ってサーシャの顔を見た。
言葉に困っているようだった。
する話ではなかったか、と思って話題を変える。
「サーシャ、随分歩いたと思うが突き当たりというのはまだなのか?」
「もうすぐですよ。ほら、見えてきた正面の壁まで行くんです」
「そ、そうなのか」
近くと聞いていたので町を通り抜けてからすぐに見えてくるものだと思い込んでいたがどうも感覚に差があったようだ。
歩くことが嫌なわけではなかったが想定外だった。
下見に来てよかった、そう思える距離だった。
そうこうしている間にやっと壁に到達した。
「これを曲がって壁づたいに歩くのか」
「はい。もう少しで入り口が見えますよ」
少しとはどのくらいなのだろうかと思いながらついていく。
今度は本当に近かった。
ここです、と言われた場所は大人一人が立って入れるかどうかの亀裂だった。
「ここを入っていくのか?」
そう言いながら亀裂から中を覗く。
中はそれほど狭くはないが薄暗い。
入り口から通り抜けた先の景色が見えている。
それほど長くはないようだ。
「行きましょうシルヴィさん。頭と足下に気をつけて下さいね」
サーシャに続いて中に入る。
抜けた先は空までくり抜いたような円筒型の空間だった。
しっかりと日が当たるようで植物が生えていた。
「思ったより広いな。それになんだか不思議な空間だ。ここで見るのか」
「はい、ここで空を見上げて。あ、でもどんなのかは見てからのお楽しみです」
サーシャが悪戯っぽく笑う。
この空間には狭い通路を通ったあとだからか妙な解放感がある。
空が近く感じる、そんな錯覚に陥る。
「そうだな。明日には見られるだろうし」
うんうん、とサーシャは何故か満足げにうなづいている。
「さて、戻ろうか」
「え?もうですか?」
「まだ何かあるのか?」
「いえ、そうではないですがもう少しゆっくりしてもいいんじゃないかなって」
ふふ、とシルヴィは笑う。
「サーシャ、サボりはここまでだ」
それを聞いてサーシャはむくれる。
「むぅ。でもそうね、そろそろお母さんを手伝わないとね」
「そうだ。いい子だサーシャ」
「もう!子供扱いしないでください!」
シルヴィは笑いながらまた亀裂をくぐる。
この時、サーシャとのやりとりにシルヴィは何故か懐かしさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます