第3話


シルヴィは退屈していた。

小さな町だ。

見所のようなものはほとんどない。

一日もあればぐるりと周りきってしまった。

結局、薪割りを買って出ることにした。

宿屋の建物の裏手に回る。

裏側は小さな広場のようになっている。

そこには丸太が積み上がっている。

そこから丸太をいくつか抱えて薪割り台として使われている切り株の近くに運ぶ。

ドサドサと切り株の近くに落としてから次を運びに戻る。

何往復かして最後に薪割り用の手斧を持って切り株の横の椅子代わりの丸太に座って薪割りを始める。

薪に斧の刃を食い込ませ、薪ごと切り株に叩きつけて割っていく。

一本ずつ丁寧に割っていく。

急ぐ必要はない。

だからゆっくりと作業を進めていたが慣れてきたせいで日に日に速度が上がってきている。

カン、カン、と斧を振り下ろしているとふと、妙な感覚に襲われる。

何度か繰り返していると妙な感覚の正体に気づいた。

シルヴィは宿の自室の方を見上げて部屋の隅に置かれた剣を思い出した。

久しぶりに剣を振ろうかという気分になってくる。

シルヴィは薪割りを手際よく終わらせて積み上げておく。

それから剣を持って戻ってきた。

建物や薪割り台の切り株からは十分離れた場所に立つ。

巻いてある布をゆっくりと剥がし、抜いた鞘と一緒に地面に置いた。

やはり手入れはされていなかった。

振る分には関係ないと思って剣をしっかりと握る。

余計な力は要らない。

軸をしっかりと意識して振り下ろす。

集中して振り下ろす。

集中して振り下ろす。

4、5回繰り返した後、シルヴィの中にモヤモヤが渦巻いた。


(飽きたな)


そう決めつけてシルヴィは部屋に帰っていった。



薪割りをして剣を振る。

結局日課のようになってしまった。

日課と言ってもまだ3日目なのだが。

毎日剣を振るようになって剣が手入れされていないことが気になってきた。

使う予定はないと思っていたがやはり気になる。

それに万が一、と言うこともある。

手入れはしておこうと思って町へ出かけた。

宿から中心の通りへ出る。

その通りを町の中心の方へ緩やかな坂道を進む。

先日、町を見て回った時に鍛冶屋があったのを覚えていた。

記憶を頼りに店に向かう。

記憶通りの場所に店はあった。


「ごめんください」


シルヴィは店の中に入る。

中では店主であろう作業用の厚手のエプロンをつけた男性と若い青年が話し込んでいた。


「失礼した。取り込み中だったか」


「いいえ、ただの世間話です。どうかしましたか?」


青年が尋ねる。

茶髪の優しそうな瞳の爽やかな青年だ。

歳は20かそこらだろう。


「ありがとう。剣の手入れを頼みたいのだが」


「それなら私が預かろう」

もう一人の男性が言った。

歳は40から50くらいのいかにも熟練といった風貌だ。

エプロンだけでなく服も随分と使い込まれている。

シルヴィから剣を受け取ると鞘から剣を抜く。


「これは随分…変わった造りだな」


「どうしてだ?」


「これ、鞘の長さが剣と合ってない。ただ造りがいい加減なだけなのか何か理由があったのか。なぜこの剣を選んだんだ?」


シルヴィは少し考えたが正直に話す。


「人から使っていない物を借りたんだ。だからどういう物なのかはわからない」


そうか、と言って剣をじっと見つめる。


「何にせよ手入れであれば一日あれば終わる。明日以降取りに来い」


「わかった。どうもありがとう」


「あんた、名前は?」


「シルヴィという。近くの宿屋で世話になっているものだ」


「私はファルク。この店の鍛治師だ」


よろしく、と言って去ろうとしたシルヴィを青年が呼び止めた。


「あの、すみません。少しお聞きしてもよろしいでしょうか」


「かまわないよ」


「剣を使われているようですが普段はどう言ったお仕事をされているんですか」


「ハンターのようなものだ。騎士や兵士ではないよ」


「そうでしたか。すみません、騎士のような風貌だと思ってつい声をかけてしまいました」


シルヴィはふふ、と思わず笑ってしまった。


「失礼、宿屋でも同じようなことを言われてね。思い出してしまった」


「いえ、宿屋でと言うと店主のセリナさんにですか?」


シルヴィは首を傾げる。


「いいや、その娘のサーシャだ」


彼女でしたか、合点する青年にシルヴィは問いかけた。


「私は騎士に見えるのか?ここに来るまでは一度も言われたことがなかったんだが」


青年は苦笑いを浮かべた。


「実は騎士というのを見たこたがなくて。ずっと話を聞いて憧れているんですが。それであなたのような格好いい方が剣を持っていたのでもしかしてと思いまして」


「むう、そういうことなのか」


シルヴィは納得出来るような出来ないような曖昧な気分になる。


「私はマイルスと言います。シルヴィさんとお呼びしてもよろしいですか?」


「好きに呼んでくれ」


「わかりました。シルヴィさん、また機会があればお話ししましょう」


シルヴィは首を傾げた。

不自然な話し方をするものだ、と。

構わない、と伝えるとマイルスは妙に嬉しそうな顔をしていた。

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