第2話


2階の一番奥の客室へ向かう。

扉はしっかりとしていて鍵も頑丈だ。

部屋にはベッドが一つ、机と椅子が一組、それと腰ほどの高さの棚が一つだけの部屋。

シルヴィは部屋の隅に荷物を置いて来ていた防寒着を脱いで椅子にかける。

そのままベッドに体を投げ出す。

自然と瞼が落ちてくる。

不意に鮮明な光景が瞼の裏を流れる。

内臓を指の跡がつく程の力で握られているような嫌な感覚に襲われる。

嫌なことを思い出した。

頭を振って先の光景を追い出す。

考えないようにするために別のことを考える。

何を考えようかと思考を巡らす。

チラチラと顔を出すそれに肺を摘まれながらもくだらない事を考える。

そうしているうちにシルヴィの意識は夢の中へと沈んでいった。


「お客さん!夕食できましたよ」


部屋の外からの呼びかけで目を覚ます。


わかった、と消えそうな声で返事をする。

足音が遠ざかっていく。

ちゃんと聞こえたらしい。

重い身体をムリヤリ起こしてベッドに座る。

しばらく目を閉じて揺れる視界を整える。

寝起きはいつも最悪だ。

身体中の血液が固まってしまったかのように身体が動かない。

顔色も悪くなり心配されることもよくあった。

全身に力を入れ、なんとか立ち上がり歩いていく。

かろうじて真っ直ぐ歩きながら食堂を目指す。

まるで歩く死体のようだと我ながら思う。

食堂は受付の右手だったはずだ。

階段を踏み外さないように慎重に降りて食堂にたどり着く。

食堂に入るとすぐに声をかけられる。


「こちらの席へどうぞ。あら?どうかしましたか?顔色が悪いようですが」


シルヴィはゆっくり首を振る。


「気にしないでくれ。寝起きなんだ」


「そうでしたか。でしたらゆっくり食べてくださいね」


シルヴィの前に料理が運ばれてくる。

運ばれてきたスープをスプーンで掬ってゆっくりと口へ運ぶ。

味はよくわからない。

まだしっかりと目が覚めていないのだろう。

意識がはっきりとしてきて美味しいと感じるようになった頃には飲み干す手前だった。

メインディッシュはオムライスだ。

具沢山のライス、半熟ではないしっかりと焼かれた玉子にさっぱりとした酸味のあるトマトソース。

好みの味だ。

食が進み、あっという間に食べ終わってしまった。

それを見計らったようにサーシャが声をかけてくる。


「うちの夕食はどうでしたか?」


「美味しかったよ。毎日の食事が楽しみになったよ」


「本当ですか!よかったです」


そう言いながら食器を片付けていくサーシャは手馴れていた。


「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」


先ほどまでとは違う好奇心に満ちた表情だ。


「答えられるものなら」


「シルヴィさんはもしかして騎士様ですか?」


キラキラとした期待のこもった瞳でシルヴィをじっと見ていた。

困った、と思って眉間に皺を寄せた。


「いいや、そんな大したものではないよ」


正直に答えた。


「そうでしたか…ごめんなさい」


打って変わってサーシャは申し訳なさそうにした。


「どうして私が騎士だと思ったんだ?」


「剣を持っていたのでそれに話し方や振る舞いが格好良くって」


よく見ている、とシルヴィは驚いた。

剣は布を巻いて中身が見えないようにしていた。

それに話している間は床に置いていた。


「あれが剣だとよくわかったな。しっかりと布は巻いていたと思ったが」


「形とか大きさとかでなんとなくわかりますよ」


「そういうものか。話が逸れてしまったな。私は騎士ではないよ。剣は護身用だよ。仕事柄使っているんだ。話し方は元々だ」


「そうでしたか。どんなお仕事されているんですか」


シルヴィは言葉に詰まった。

聞かれて困るような仕事をしているわけではないがその話をしたくなかったのだ。


「ハンターだよ。端くれだけど」


悩んで遠からず近からずの答えをした。


「ハンター!かっこいいですね!」


「ふふふ、そんな大したものじゃないさ。サーシャの方が素敵な仕事をしてるじゃないか」


「素敵、ですか?普通の宿屋の娘ですよ?」


「素敵だよ。泊まりに来た人を思いやる。優しい人の仕事た」


そんな、と言ってサーシャは顔を真っ赤にして照れている。


「シルヴィさんのお仕事だって人の役に立つ素敵な仕事じゃないですか」


「そんなことないよ。私はこれしかなかったんだ」


サーシャは理解しきれていない様子だった。


「親がいないんだ。ずっと施設で育った。選べるものなんて何もなかったよ」


今度は目を見開いて驚いている。顔色は一気に青くなった。


「ふふっ、冗談だよ」


シルヴィが笑うと今度はまた顔を真っ赤にした。


「からかったんですか?!嘘なんですね!」


シルヴィは立ち上がる。


「嘘じゃないよ。本当の話だ。でも誰よりも不幸ってわけじゃない。こうやって楽しい時間を過ごせてるんだ。悪くないだろう?」


サーシャは顔を赤くしたまま、言葉を詰まらせているようだった。

そしてやっとの思い、と言った様子で「意地悪!」と言った。


シルヴィは笑いながら、「ご馳走様、美味しかったと伝えて欲しい」とだけ言って自室に帰っていく。

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