#3 「奇跡って、こういうことなのかもしんない」

重い腰をあげて、したくもない化粧をする。

昔から思ってた。なんで女はみんな化粧をしなきゃいけないのって。

髪は女のいのち?ふざけんな。命は男女いっしょでしょ。


いびきをかいてる。夢でも見てんのかな。

ぐっすり眠るハルの顔を見て、昔はかわいいって思ってた。なんでもかんでも愛おしかった。今はどこか違う。


昔は、一緒に通勤してたのにな。


ふとそんなことを思い出しながら、ユキはハルの分の朝ご飯を作って机の上に置いた。何も言わずにドアを開けた。隙間風がびゅうびゅう入ってきた。

足音がしなくなったのを確認すると、ハルが目を覚ました。

寝返りを打って、また目を閉じた。



ユキがデスクにつくと、イケメン喰いの同僚がそそくさとやってきた。

「ハケン。やばいって」

要するに、同僚のどタイプだったんだろう。

どれどれ。

オフィス内を見渡すと、課長に挨拶をしている背の高い男が居る。おそらく、スタイルがとてもいい。

「挨拶しよ、ね、いっしょにさ」

同僚に手をとられて、そのハケンに挨拶をしにいく。

「あの、ハケンの…」

そのハケンが顔を振り向かせる。ふいに懐かしいにおいがして、ユキは一瞬息をするのを忘れた。このにおいを自分は知っている。

「あ、はい。短期ですけど」

声もどこかで聞いたことがあった。

顔をみるのが少し怖い。


「は」


どこかで知っている。そういうレベルではない。

「冬也?フジミの冬也」

「え?」

ユキがそうぽつりとつぶやいた。



「小学校がいっしょだったんですよ。それから、えーと。中学も高校もいっしょで。なぜかクラスは全部一緒で。なんだろう。何かあったんだよね」

オフィスの休憩室で、”会話のネタに”と同僚も交えながら会話をしている。

「へー!そうなんだー!すごーい!」

”さしすせそ”を使っても隠し切れぬ同僚の会話の下手さが面白く見えてくる。

「…まあね。いろいろあった仲だから。思い出もあるしね」

トウヤがそんな事を言うものだから、いったいこいつは何のことをいっているんだろうと、少し考えた。いろいろ…いろいろ、と?

「ユキさんがさっき言ってたフジミノって?」

「この人の苗字、藤野っていうんだけど、十回くらいケガしてんのに死なないから、私が勝手につけたあだ名。不死身だし」

「センスいいよね。まだ苗字変わってない?」

なかなかデリケートなことを聞いてくるな、と思った。

「うん、変わる予定ないよ」

「え?あっそう」

不気味な雰囲気が流れたので、ユキは同僚の手をひいてオフィスに戻った。


「…は~~~~」

ユキは顔を赤らめて、デスクにうつ伏せになった。

「どーした?さっきの知り合いくん。ねらい目かなあ」

「…しんない」

「え?どした?」

「奇跡って、こういうことなのかもしんない」


胸が高鳴る感じが、懐かしかった。


そのころ。


ハルがやっと起きて、机の上に置いてあった朝食を綺麗に食べた。

物足りなくて、カップ麺をあさって、やっと見つけた。

お湯を沸かしていれた。

立ち上る湯気を、ハルはじっと見つめていた。


#4「いらっしゃい。おひめさま」











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