第一話『初仕事は幽霊退治』その7

 〝石竜子トカゲの洞穴亭〟店内。


 無事に報酬の銀貨五枚を獲得し、僕は念願のチュニックを入手した。


「そんなに喜ぶ事か・・・・・・?」

「失った事のない者には分からないだろうな、服がある喜びを」

「売ったのはお前自身だろう・・・・・・」


 やれやれ、ドワーフの店主は陶器製のジョッキを僕の前に置く。


「というか、銀貨五枚の収入が入ったんだ。兵士崩れが質に入れたアーマーぐらいは買えるだろう」

「防御は最低限で良い。正直、あんまり重たくしたくないんだ。動きにくくなる」


 僕はジョッキを呷る。

 やはり、自分で稼いだ金で飲むエールは旨い。


「それより、自分の得物を買うよ。これも返さなければならないし」

「返却は不要だ。どうせ此所にあっても錆びるだけだからな」

「そうか。それじゃあ遠慮なく」


 僕は斧を再び腰に下げる。


「その武器が物足りなくなったら、俺に声を掛けろ。良い鍛冶屋を紹介してやる。まあ、銀貨五枚で喜んでいる間は平気だろうがな」

「ありがとう。頭の片隅に入れておくよ」


 銀貨五枚で買えない武器。

 一体どんな性能なのだろう。


「――昼間っからお酒って、不健康ね」


 ドアが開き、イーディスが入店する。


「酒場だからね。むしろ子供が入って来る方が不健康だ」

「だから子供じゃないっての」


 よじ登って椅子に腰掛けると、イーディスは火酒を注文した。


「マジか!?」

「嬢ちゃん、〝石竜子の洞穴亭うち〟に呑みに来る時はいつもだぞ。むしろボトルもキープしている」


 見れば棚に置かれた陶器製の瓶に、イーディスの札が掛かっている。それをドワーフから受け取ると、ショットグラスに注いで一気に呷った。


「慣れている・・・・・・」

「これぐらい強くないと、酒を感じられないだけよ」

アネさん・・・・・・と、お呼びしても?」

「耳と鼻を削がれたいなら、どうぞお好きに」

「・・・・・・・・・・・・」


 脅しでは、ないだろうな。


「で、どうしてわたし達を? また依頼?」

「依頼のだ」


 ドワーフは徐にメシャムパイプを取り出し、火皿へ煙草を詰め始める。


「今朝、お前達の依頼人が来店した。その人からの頼みでな、事の顛末を二人に知って欲しいらしい」

「ああ・・・・・・

「酒が不味くなるわね」


 琥珀色のショットグラスを廻し、イーディスが渋面で応える。


「どうする? お前達には拒否する権利もあるぞ」

「僕は聞くよ」

「あら、意外。適当に自分の中で折り合いをを付けると思っていた」

「関わった人間の義務・・・・・・みたいなモノかな。君の方こそどうなんだい?」

「わたしも聞く。大体の予想は付いてるけど、中途半端だからね。それは少し具合が悪いような気がして」

「じゃあ、二人とも聞くという事で良いな?」


 僕らの首肯を肯定と受け取り、ドワーフは火皿に火を点した。

 ゆっくりと紫煙が立ち上る。


「薄々気付いていたと思うが、あそこの商会は元は大陸中でその名を知られた商会だった。大きな船を何隻も持っていてな、蛮族の侵攻などで荒らされた陸路よりも安く確実だったから、とても重宝されたらしい」

「それが何故、あのような幽霊屋敷に?」


 僕はソーセージを口に放り込み、店主に問う。


「大した切っ掛けはない。要するに、商売が傾いたんだ。件の家族が商会を取り仕切っていた時代、北からの大規模な侵攻はない。戦争は起きているが小競り合い程度で、軍馬として供出させられる機会も少なくなる。そうすると、わざわざ大きな船で遠回りする必要がなくなるって訳だ」

「盛者必衰という訳か・・・・・・」


 ドワーフは頷くと、パイプを吹かした。


「そんな時に、会長の娘が病に罹ってな。彼女を治すには、薬が必要だった。それもただの薬じゃあない。別大陸から取り寄せた、非常に高価な薬だ。全盛期ならいざ知らず、傾いた商会を何とかしようとしている時に薬の代金は追い打ちだった。それでも彼は娘を想って、薬を買い続けた。だが、娘は一向に快方に向かう様子はない」

「それで悪魔の生け贄に・・・・・・か。やはり酒が不味くなる」

「殺すなら分かるけれど、何故に生け贄に?」

「そりゃあ、でしょう。悪魔は金塊を生む。それを目当てに何処かであの絵を買い付け、手順に従って儀式を執り行った・・・・・・と。大体そんな感じでしょう?」

「やけに具体的だな・・・・・・だが、概ね正しい」


 にべもなく語るイーディスに驚きながら、ドワーフは深く首肯する。


「会長は金塊を生む悪魔の話を何処からか聞きつけたらしい。傾いたとはいえ、商会の規模はかなりのもの。従業員を始め関係者は大勢居る。彼らを路頭に迷わせないよう逡巡しゅんじゅんした結果、彼は最悪の選択をしてしまったという訳だ」

「それで召喚されたのが亡者ワイトで、生け贄に捧げた愛娘は亡霊ホーント。あんまり言いたくはないけれど、当代の会長さん、商才はなかったんじゃあないかな」


 本当に不味い酒だ。

 こんなに旨いエールなのに、呑む度に苦みが増していく。


「まあ、商才はないだろうな。悪魔召喚が直接の原因だった訳ではないらしいが、しばらくして商会は倒産。家族も従業員も離散した。商館は人手に渡ったが、あの通りの幽霊屋敷だ。買い手も付かず、荒れ放題となった」


 後は知っての通り、ドワーフはパイプを置いた。


「・・・・・・でも何で今更、そんな屋敷の幽霊退治を? 共同墓地云々は流石に付け足しでしょ。まさか買い手が決まったって訳?」

「ゴブリンだらけの地区にある屋敷を誰が買うというんだ」

「商会の家族・・・・・・察するに、娘の兄弟姉妹かな。年代的に両親は鬼籍だろうし」

「正解だ」

「はぁッ!? 何で捧げた家族が?」


 信じられない、イーディスは目を見開いて困惑の表情を浮かべる。


「罪滅ぼし、じゃないかな。兄弟姉妹って事は、年齢的に当時父親の暴走を止められなかったんだろう。それが何処かでずっと引っ掛かって、月日が経ってようやく成就したという訳だ」

「それなら、もっと早くやりなさいよ。それに、亡霊ホーントは本人じゃない。幾ら倒したところで、浮かばれるかどうか分からないのに」

「当然、その人も知っている。恐らく探すつもりだったのさ、屋敷が元に戻った後で」

「何を――」


 言い掛けて、気付く。


「あ、あの銀のブローチ・・・・・・」

「お前達が見付けてくれた事、とても感謝していた。事の顛末を二人に語っても良いと言ったぐらいにな」

「随分偉そうじゃない」

「実際、偉いんだろう。それも多分、この街か国の内政に関わる程度に」

「鋭いな」


 ドワーフは僕らへ蒸かした芋が入った皿を出した。

 熱々の芋にどろりとチーズが掛かっている。


「だが、それ以上の事は俺の口からは言えん。彼は商会が倒産した後、臥薪嘗胆がしんしょうたんして今の地位を築いた。形見のブローチは、彼が建てた一族の墓に安置される予定だ。それが罪滅ぼしにならない事を重々承知だと思うが、それでも彼はそうしたかったんだ。そうするつもりで、今まで生きてきたからな」

「成る程ね。でもそれにしては報酬が安過ぎない? 亡霊ホーントだけでなく亡者ワイトも相手にしたんだから、流石に銀貨五枚ってのは。お偉いさんって聞いたら、特に」

「結構な大金だと思うんだけどな」


 取りあえず半月は働かず、暮らしていけるし。


「アンタ、育ちが良いくせにショボいのよ。生き方がショボいから能力もショボいのよ。ショボ乳首!」

「ひでぇッ! そもそもちゃんと着てるだろ!!」

「もっともな話だ」


 そこで、と店主は僕らに二枚の木札を差し出した。


「彼からの礼だ。この札があれば、この国ではどの街へ行こうとも検問に引っ掛かる事はない。冒険者組合の証と合わせれば、何処にでも行く事が出来る」

「想像以上に偉い人だった!?」

「とんでもない報酬だぞ、これ・・・・・・」


 これを使えば、禁制の品を密輸し放題じゃあないか。

 いや、しないけれど。

 代償が怖過ぎる。


「それと、俺からも細やかな報酬だ。この酒場の二階、昔は宿屋だったんだが今はどの部屋も空いている。お前達が使って良い。家賃は要らない。満足に手入れもしておらず、埃が溜まっているからな」

「え、本当に!? それは助かる! この辺、まともな宿は結構するから。流石にぶら下がり宿って訳にもいかないし」

「別にいいじゃないか、野宿で。近くに川もあるし、食事代も浮く」

「・・・・・・これはな、お前の為の報酬なんだ。ロアルド」


 若干、こめかみに血管を浮き上がらせ店主は肩を震わせた。

 スクリーン越しでも分かる。このドワーフ、結構怒っている。


「最近、広場で寝泊まりしている半裸の男が居ると、自警団へ通報が絶えないそうだ。フリーマンが俺に泣き付いてきた」

「あ・・・・・・それはその、申し訳ない」


 便利なんだけどな、広場。

 噴水の辺りが、炊事もし易く具合が良い。


「そういう訳で、お前達新米冒険者は此所で寝泊まりして貰う。これ以上、問題を起こされても困るからな」

「問題を起こしているのは、主にコイツでしょう」

「いや、本当に面目ない」

「しかし、だ」


 店主は次々と僕らの前に皿を置く。

 ソーセージや芋だけでなく、ハム、干しぶどう、そしてチーズ。他にも色々。ジョッキも追加で何個も来た。

 二人とも、そこまで頼んでいない。


「二人とも、無事やり遂げたな。初めてにしては上出来だ。コイツは俺からの祝いだ。好きにやってくれ」


 それと、とドワーフは咳払いを一つ。


「俺の名は、ギード。〝鉄曲げのフォージング〟ギードだ。今度からはそう呼べ」

「分かったわ、ギードさん」

「宜しく、ギード」


 僕はジョッキを高く掲げる。

 冒険の成功を祝し、ついでに少女の安寧を祈りながら。


 僕の名前は、ロアルド。〝首なしヘッドレス〟ロアルド。


 訳あって首なし騎士デュラハンになってしまったが、今ではパルカの街で冒険者をやっている。

 明日をも知れぬその日暮らしだが、案外この生活も悪くはない。







                               〈第一話、了〉


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