第二話『コボルト盗賊団を倒せ』

第二話『コボルト盗賊団を倒せ』その1

 思ったより、冒険者の生活は規則的である。


 夜明け前に起床し、日課である下水道掃除。

 共同浴場で汚れと汗を流し、〝石竜子トカゲの洞穴亭〟で朝食。

 一眠りした後、夕刻からは外灯の点検。

 夕食を〝石竜子の洞穴亭〟で済ませると、自室に戻って就寝。


 以下、繰り返し。


「地味ね、凄く」

「良いじゃないか、地味。安定した生活である事の証左だよ」


 おかげで、こうして旨い食事が摂れる。


 ソーセージと根菜や豆をエールで煮込んだアイントプフ。〝石竜子の洞穴亭〟定番の人気メニューだ。とはいえ具材は特に決まっておらず、店主の気分次第でベーコンの切れ端が入っている事もある。


 毎日頼んでも毎回ちょっと違うので、飽きる事なく愉しめる。人気の秘訣は、リーズナブルな価格よりもそっちにあるのではないかと僕は密かに思っている。


「いや、冒険者わたしらが安定とか求めちゃ駄目でしょ・・・・・・」

 僕は匙を置き、嘆息するイーディスを見やる。


 黒い服の上に白いピナフォア。断じて冒険に行く格好ではない。


「君だって〝石竜子の洞穴亭ここ〟で給仕をしているんだから、似たようなモノじゃあないか」

「そりゃあ、まあ・・・・・・そうだけど」


 幽霊屋敷の一件から、大体一ヶ月。

 駆け出し新米冒険者に振られる依頼など皆無。流石に銀貨五枚で一ヶ月は色々と苦しいので、僕らはこうして適当な仕事を見付けてやりくりしていた。


 一ヶ月もすると、仕事も覚えて馴染みも出来る。

 今日は先輩のジミーさんから蒸し風呂の極意を教わった。どうやら流れに身を任せるのが事への近道らしい。


「いや、凄いねこの街パルカは。あの共同浴場、帝国時代からずっとあるらしい。お湯は沸かす訳ではなく、魔法で出るんだそうだ」

「・・・・・・というか、もしかしてヘルム被ったまま入浴してる訳?」

「まあね」


 でないと、色々面倒な事になる。


 僕は〝首なしヘッドレス〟ロアルド。

 魔法使いに改造されて首なし騎士デュラハンになった男だ。

 一応(多分)僕は人間だけれど、世間的には首から上のない奴なんて魔物と同義。〈銀の竜ミスリッド〉教徒に目を付けられたら、異端扱いされて火刑に処されてしまう。


 そういう訳で、僕は人前でヘルムを脱ぐ事はない。

 最近ではヘルムを被ったまま食事をする技術を身に付けた。


「ま・・・・・・全裸で往来を闊歩するような奴が、ヘルムを被ったまま入浴しても誰も不審がらないか」

「そんな事はしてねぇよ! 宿代を浮かせる為に広場で生活していただけだ」


 人を変態みたいに形容しやがって。

 いつか覚えていろよ、小娘。


「アンタは男なんだから、ぶら下がり宿があるじゃない。あそこなら、八分の一銅貨で一泊過ごせるでしょ」

は嫌だ」


 ぶら下がり宿というのは、文字通り部屋に張ってあるロープにもたれ掛かって眠る宿の事である。

 一泊八分の一銅貨という相場の半値以下であるが、構造上睡眠には適していない。

 ぶら下がり宿に寝心地という言葉は存在しないのだ。あんな所で寝るぐらいなら、冷たい石畳の方がまだである。


「路上で醜態を晒すよりはマシだと思うけど」

「圧倒的に、そっちの方が良い。あそこ、朝になると問答無用で客に水をブッ掛けて来るんだぜ」

「それはキツい目覚ましだこと」


 イーディスは肩を竦めると、空になった僕のジョッキを下げた。


「何か注文する?」

「いや、今日はこれまで。宿代が無償とはいえ、無駄遣いは出来ないしね。そろそろ二階へ上がろうかな」

「・・・・・・酒場まで来て辛気くさい話をするな」


 やれやれ、と店主のドワーフ――ギードが割って入る。


「しょうがないでしょ、稼げる仕事が回ってこないんだから」

「それについては申し訳ない。新入りで尚且つ新米だと、なかなか難しくてな。次に商隊がやって来るのは一ヶ月後。連中が来ればこの街も少し活気が出て、色々と仕事を回せるんだが」

「西区のゴブリンや死人アンデッド退治は? 何もしないんでしょ、自警団は」

「そっちは別の冒険者の仕事だ。腕が立つ奴でな、奴が〝石竜子の洞穴亭〟に来たら紹介してやろう」

「商売敵を紹介されても困るだけよ」

「そうかな。同じ冒険者組合に入っている者同士なんだし、仕事で一緒になる事もあるんじゃあないか。挨拶は大事だよ」

「アンタって本当にお人好しね。組合ってのは、所属しているからって皆お友達って訳じゃあないのよ。当然、わたしとアンタもね」

「その辺、僕は弁えているつもりだよ」


 そもそも、僕に友人は居ない。

 今までも。これからも。


「――此所が、冒険者組合の窓口だとうかがったのですが」


 ギッ、と扉が開いて男が店に入って来る。


 初老の男だった。

 服も顔もくたびれており、顔に生気はない。こちらを見つめる表情はすがるようであり、とても冒険者になりに来たようには思えなかった。


「組合に入りたい・・・・・・訳ではなさそうだな」


 ギードもそれを察したのか、眼を細める。


「察するに、厄介ごとの持ち込みか?」

「ええ。あなた方冒険者組合に、請け負って欲しい仕事があります」

「え、依頼って事? やったー!」

「話をする前に喜ぶなよ、イーディス。碌でもない話だったらどうする」


 この前は真っ先に報酬の額を聞いた奴が、依頼が舞い込んだだけで二つ返事とは。

 空白期間が正常な判断力を失わせている。


「ええ・・・・・・と」

「この二人が組合の冒険者だ。不安かもしれないが、話してくれないだろうか」


 ギードはポンプを動かしてエールをジョッキへ注ぐと、それを男の前に置いた。


「はい・・・・・・では」


 男は椅子に腰掛けると、エールを一口あおる。

 目を伏せ深い溜め息を吐き、それから僕らへ向き直った。


「私の名前はトビー、村の世話役をしています。あなた方への依頼はただ一つ、私達の村を襲う盗賊団を壊滅させて頂きたいのです」

「盗賊団の壊滅!?」


 いきなりヘヴィな依頼だ。

 少なくとも、新米冒険者へ廻す仕事ではない。


「それ、領主が騎士団を派遣する案件でしょ」

「請願書を出したのですが、返事はなく。元々、税以外領地経営にあまり関心のない方なので」

「駄目領主の典型じゃねぇか」

「失礼、貴方の村は?」


 ギードが割って入る。


「マーヤの村です。此所から徒歩で二日程南にあります」

「成る程、マーヤか。あそこは確か、ウォマズリー伯爵の領地だったと記憶する。先代は聡明な方だったと聞いていたが」

「はい。先代のラウンデル・エルガー様は聡明で慈愛に満ちた御方だったのですが、子息である現当主レイフ・エルガー様は・・・・・・こう、あまり――」


 詰まらせたモノを飲み下すように、男――――トビーはエールを流し込む。


「盗賊団は牧羊された羊を目当てにやって来ます。税として納める農作物と違い、羊は全てレイフ様の財産です。数が足りなければ、罰金を支払わなくてはなりません。何卒、盗賊団の壊滅を・・・・・・」

「自分の財産である羊を育てている村なのに、騎士団を出さないのか。妙な話だな」

「変な商人の入れ知恵よ」


 僕の疑問にイーディスが答える。


「羊毛は高く売れるからって、馬鹿領主に羊を買わせる。馬鹿領主は税より利率が良いと勘違いして、適当な村で耕作地を牧草地へ変える。ある程度増えた所で、商人が羊を買っていく。一見すると儲かっているように見えるけど、農耕地が減ったせいで農民も減ってしまうから長期的には損失。結果、一番得をしているのは高い値段で羊を売りつけて安く買い取った商人って訳。馬鹿領主が騎士団を出さないのは、自分の財産というより十割の税金と捉えているからよ」

「仰る通りでして・・・・・・」


 トビーは苦笑しながら額の汗を拭った。

 幾ら本当とはいえ、流石に馬鹿領主連呼は拙かったらしい。


「実質的な増税よね。税金の引き上げは色々と面倒だけど、自分の財産を自分の領地で育てる事に問題はない。形は違えど、色んな貴族が似たような事をやっているわ」

「うちはやっていなかったぞ」

「それはボンクラのアンタが気付かなかっただけよ」


 そう言われると、言い返せない。

 基本的に、蚊帳の外だったからな。


 それよりもイーディス、彼女は何でそこまで色々と詳しいのだろうか。

 少し前まで盗賊だったとは聞いていたが、ひょっとするとああいう稼業は世の中のカラクリが人より見え易いのかもしれない。


「そちらの事情は理解した。そろそろ報酬の話をして貰えないだろうか」

「報酬。はい、分かりました」


 ギードに促され、トビーは革袋を取り出した。


「銀貨十枚、村で掻き集めました。こちらを報酬としてお支払い致します」

「つまり、一人銀貨五枚という事か」

「ちょっと待て」


 助かる、と言い掛けた僕に対しギードが制す。


「お前、依頼者から払われた報酬が全て、冒険者の懐に入ると思っているのか?」

「違うのか?」

 僕の言葉に、ギードは右手で顔を覆った。


「それでどうやって、組合を運営するつもりだ? お前達の報酬は組合の手数料を引いて支払われる。つまりお前達の取り分は、一人銀貨二枚という事だ」

「え、手数料多過ぎない!? ちょっと待って、今タブレット――」

「そこは紙と鉛筆を使えよ」


 世界観的に。


 しかし、結構取られているんだな。

 つまり、幽霊屋敷の件で向こうが支払った金額は・・・・・・


 止めておこう。

 世の中には、知らなくて良い事が星の数程ある。


「しかし報酬が銀貨二枚か。僕がやっている下水道掃除と外灯点検の仕事を合わせた額と同じ額だな。危険度を考えると、むしろそっちの方が良いまである」

「じゃあ、ロアルドは受けないと?」

「まさか、引き受けるに決まってるだろう」


 僕は首を振った。


「僕らは安定から程遠い冒険者だ。それに相手は人間。慣れているから、訳の分からない魔物よりずっと殺しやすい」

「ま、それは確かに」


 イーディスは首肯しゅこうし、懐に手を当てる。

 きっと、そこにはナイフが仕込んであるに違いない。彼女に狼藉ろうぜきを働く酔客すいきゃくは、使い切れなかった寿命を数えながらあの世で後悔する事になるだろう。


「・・・・・・あの、ですね」


 トビーは申し訳なさそうに切り出す。


「強盗団、人間ではないのですよ」

「へ?」

「コボルトです」

「はい?」


 どうしよう。

 急に安定した生活が恋しくなってきた。

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