第一話『初仕事は幽霊退治』その6

 中央に天蓋てんがいで覆われたベッドが一つ。


 本棚には絵本が乱雑に並べられており、床には積み木や人形が散らばっている。

 子供部屋。

 薄暗く、がらんとした空間は何処か物悲しい。




 ――誰?




 ふわりと天蓋がひるがえり、子供部屋に声が響いた。




 ――誰が来たの? お父さん? お母さん?




 それとも、と声が形を成す。

 青白い肌をした少女。腰まで伸びた癖のある金髪がドレスと一緒にゆっくりと揺れる。




 ――お兄ちゃん?




 歳は僕やイーディスよりずっと幼い。絵本と人形がよく似合う年齢だ。

 しかしその紅い双眸は生者のモノではなく、身体は光を帯びながら背後を透過していた。


亡霊ホーントというから、もうちょっと怨霊みたいなモノを想像していたんだけど。まさか子供だとはね」

「情が湧いた? 台詞的にいかにも悲しい背景がありそうな亡霊ホーントだけど」

「いや、全然」

 僕は斧を引き抜いた。




 ――誰? お父さん? お母さん?




は繰り返しているだけだ。本人はとっくに死んでるよ」


 魔物だからね。




 ――違う。違うのね。




 事実、亡霊ホーントは僕らを認識するや両手を掲げた。

 本棚から鳥のように絵本が舞い、人形達が得物を片手に隊列を組む。


「ほらね、向こうもる気満々だ」

「みたいね」


 ダン、とイーディスは宙を舞う。

 瞬間、ナイフが銀を描いて亡霊ホーントへ穿たれた。


 虚構の身体に突き刺さるナイフ。青白く光る柄に刻まれた魔除けの印。

 生物であれば痛みを感じるが、亡霊ホーントに痛覚はない。紅い双眸を横へずらしイーディスを見据えると、回遊していた絵本の鳥が一斉に襲い掛かった。


「成る程、視界は人間由来か」


 僕は手の中で斧を廻し、壁のように立ちはだかる人形共を叩き切る。頭の陶器が粉砕し、綿が羽のように舞った。


 刹那。

 ギョロリと、透明な身体の中を赤い眼が走り抜ける。


「前言撤回。視界範囲は人間以上だ」


 反則だろう。

 何だ、あの動き。あんな眼の動き方、人間は出来ない。


「出来るんじゃないの? アンタなら」

「あの首を手切たぎるという訳か。でも霊体は使えるのかな」

「使えたとしてもアンタの身体にあの頭を付けたら、亡霊ホーントより邪悪な存在になるから絶対ダメ」


 ダメ出しされた。

 もっとも僕もそんな気がしていたから、大して傷付かない。


「それより、そろそろ使ってもいいんじゃない? 出し惜しみしている余裕、ないでしょ」

「そうだね。駆け引きが必要な相手でもなさそうだし」


 僕は人形の隙を突いて、自分のヘルムを投げ捨てる。

 代わりに先程入手した亡者ワイトの頭を仮面のように被った。


「おお・・・・・・これは――」


 接続された亡者ワイトから流れ込んでくる力。

 それは僕の右手に宿り、地面に魔法円を描かせた。


 赤い魔法円、その中から現れたのは二体の骨人スケルトン


「召喚魔法が使えるの!?」

「どうやらあの魔法、亡者ワイトの特性だったようだ。特性なら、頭に関係するモノじゃなくても使えるようだね」


 増援きたる。

 二体の骨人スケルトンは相変わらず粗末な得物を構えていたが、心なしかこっちの方が頼もしい気がするから不思議だ。


「さて、君達には雑魚散らしを頼もうかな」


 僕に命じられ、骨人スケルトンは無機質に人形達へ襲い掛かる。

 玩具の兵隊と死者の兵隊。殴り合う様は何処か滑稽だった。


「もしかして火球も撃てる?」

「いや、そっちは無理みたい。それにこの召喚魔法も、連続では使えないみたいだ。二体が限界」

「やっぱショボい能力だ」

「ほっとけ」




 ――ねぇ、どうして?




 意思なき亡霊ホーントがあどけない声で問う。

 亡霊ホーントの声は、彼女の記憶。




 ――わたしの身体が、弱かったから?




「さてね」

 僕は戯れに、亡霊ホーントに対して答えてやる。

「君に銀貨五枚の価値があったから、じゃあないかな」


 斧を一回転。

 同時。絵本の鳥が、僕の胸を鋭く抉る。


「コイツは防御しきれない――」

「ロアルドの乳首が大変な事に・・・・・・!」

「なってない!」


 傷を受けたのはそこより下だ。

 帰ったらチュニックを買おう、絶対。


「ちょっと相談」

「何だよ、こんな状況で」


 僕は亡霊ホーントに切り掛かりながら、後ろを振り向かずイーディスへ問う。


「魔除け付きのナイフ、在庫が切れた。亡霊ホーントを倒せるのはロアルドだけ」

「マジかよ!?」

「そういう訳で、わたしは援護に廻るわ。大丈夫、亡霊ホーント自体に攻撃手段はなさそうだから」


 絵本は任せて、彼女の声と共に紙が裂かれる音がする。


「・・・・・・相談って、決定事項に使う言葉じゃあないだろう」


 僕は崩れた本棚を足場に、飛び上がる。

 腰のランタンで、焔がぐるりと揺れた。




 ――わたし、良い子だったよ?




「・・・・・・知らねぇよ、そんな事」


 良い子だろうが。

 悪い子だろうが。

 生きていないと、意味がないんだ。

 死んでしまったら、墓標に刻まれるだけだから。




 ――何で、わたしを・・・・・・生け贄に?




「ッ!?」


 僅か。

 僅かに斧の刃が亡霊ホーントを掠める。


「何やってるの、下手くそ!」

「本当・・・・・・何やってるんだろうな、僕は」


 手心というか。

 フラッシュバックというか。


「・・・・・・情けない」


 この程度の絶望、この世界に有り触れている。

 いちいち感傷に浸っていたら、身体が幾つ在っても足りない。


「情を掛けられる程、僕は強くないだろう・・・・・・!」


 ないはずの奥歯を軋ませ、もう一度飛び掛かる。

 瞬間。紅い眼が、僕を覗き込む。




 ――ねぇ、どうして。




 あどけない仕草で。

 場違いな程、朴訥ぼくとつに。




 ――どうして、お父さん。




「――君は悪くない」

 無駄だと知りつつも、僕は亡霊ホーントに語る。

「悪かったのは、世界の方だ」


 だからゆっくり、眠ってくれ。

 天国なんて、あるかどうか分からないけれど。


 刹那。

 亡霊ホーントの首が飛ぶ。


 実体が保てなくなった幽体が、一つ一つ粒子になって消えていく。

 それは硝子細工のようにキラキラと光って、とても綺麗だった。


「・・・・・・意外だったわ」


 呆然と天蓋へ消えていく光を見つめていた僕に対し、イーディスが声を掛ける。


「別に、同情とかそういうの・・・・・・違うから」

「ふーん」


 イーディスはヘルムを拾い上げると、僕の方へ差し出した。

 そうか。亡者あたまが消えた事も気付かなかったのか。


「わたしはただ、やっぱ幽霊だから頭も消えるんだなって言いたかっただけよ」

「ああ、そうかよ」

「良かったわね、亡霊ホーントちゃん。半裸の変態に頭を使われて事案の共犯にならなくて」

「おまッ!?」


 くそう、何て奴だ。

 ・・・・・・ただまあ、今はこれぐらいの方が丁度良い。


「何よ?」

「別に」


 ありがとうなんて、死んでも言ってやらないけれど。


「さて、依頼通り亡霊ホーントは倒したけど、倒した証拠が何か欲しいわね」

「あのベッド、何かあるんじゃあないか。亡霊ホーントはあそこから出てあそこに消えていった訳だし」

「確かに」


 イーディスはベッドに近付きながら、辺りを注意深く観察する。

 散らばった絵本や人形の残骸。亡者あたまの効力が切れ、骨人スケルトン達もただの骨に戻っていた。


 安全だと判断し、イーディスは僕を招く。


「・・・・・・成る程」


 天蓋を捲った先、在ったのは古ぼけたベッド。

 その上には千切れた麻縄が散らばり、シーツには血で魔法円が描かれていた。


「此所で捧げられた訳か」

「そして召喚されたのが、あの亡者ワイトという訳ね。でも何で?」

「それは分からないな。ひょっとしたら、最初は彼女を助けるつもりだったのかもしれない」


 僕はベッドの下に転がっていた薬瓶を拾い上げる。

 ガラス製の薬瓶。中身は空で何の薬が入っていたか分からないが、ガラス瓶に入っているのだから相当高価な事は間違いない。


「・・・・・・・・・・・・」

「何だよ」

「アンタって、変な所が夢見がちなのね」


 イーディスは麻縄を摘まみ上げ、それを床に放り投げる。


「生け贄に捧げたのが父親なんだから、ろくでもない理由に決まっているでしょう」

「そりゃまあ、多分そうだけれど」


 僕はおもむろに枕を持ち上げる。そこには、くすんだ銀製のブローチが埋まっていた。


「どっちにしたって、僕らには関係ない事だからね」


 それなら、少しぐらい救いのある話を想像した方が良いじゃあないか。

 絶望なんて、その辺に転がっているのだから。

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