第一話『初仕事は幽霊退治』その5

 ガシャン、という骨の音。


 動く骸骨ガイコツは僕らを見付けるや、腰に差した剣を引き抜いた。

 骨の隙間から、黒い瘴気しょうきが漏れ出している。それは百足か蛇のようにうごめき、その度にじわりじわりと周囲を侵食していった。


 そんな奴、骨人スケルトンではない。


「っていうか、亡者ワイトだよな。どう見ても」

「間違いないでしょうね」

「誰だよ、その可能性はないって言った奴!?」

「それはアンタ――」

「全く酷い奴だ。これはきっと敵の罠だな、間違いない」

「あ・・・・・・うん、そういう事にしておこう」


 イーディスは力なく応える。

 心なしか、疲れているように見える。きっとこの探索で疲労が溜まっているのだろう。


亡者ワイトは魔法を使う。こんな狭いところで火球でもぶっ放されたら一溜まりもないぞ」


 此所は恐らく、屋敷の回廊だろう。

 しかし亡者ワイトの瘴気が濃過ぎて、遠くまで見通せない。

 オマケに四方を囲まれている為に動きにくく、近距離からの火球や礫を避ける余裕はない。


「でもわたし、魔法消滅の護符ディスペル・アミュレットは持ってきてないよ」

「僕も持っていない」


 アレ、高いし。

 使い捨てのくせに、銀貨一枚もする。


「じゃあ、どうする?」

「決まっているだろう」


 剣を構えた亡者を見据え、僕は斧を振り上げる。


「魔法を使われる前に、ぶっ倒す」

「同感ッ!」


 床を蹴り、イーディスはナイフを放つ。

 けれども亡者から吹き出る瘴気によって距離感が掴めず、空を切ったナイフは闇の中へ消えていった。


「拙い、魔法が飛んでくる!」


 亡者ワイトは己の顎を打ち鳴らし、魔法の言葉を唱える。それは一言いちごんごとに力を増し、床に赤い魔法円を描き始めた。


「召喚魔法!? なんかヤバいのが出てくるぞ!」


 しかし、僕らに魔法を止める術はない。

 完成された魔法円は光を帯び、中から骨人スケルトンが三体現れる。

 それらは直ぐに僕らを敵と見定め、錆びだらけ切っ先を僕らへ突き付けた。


「火球よりはだけど・・・・・・脅威なのは変わらないな」


 狭い空間で亡者ワイト一体に骨人スケルトン三体。

 単純二倍差の戦力である。

 特に亡者ワイトは放っておくと魔法を使い、戦力を増強される恐れがある。


「先に倒すのは、やはり亡者ワイトの方か」

「倒せるものならね!」


 現状、かなり難しい。

 骨人スケルトン達は亡者ワイトを背に守るように戦っている。最低でも一体は倒さなければ、亡者ワイトへ刃を届けるのは難しい。


「まあ、でも――」


 やるしか、ない。

 僕はイーディスの前に出た。

 攻撃力は彼女が上だが、防御力は僕の方がある。


「僕を使え!」

「最初からそのつもり!」


 ひでぇ奴だ。

 腕に骨人スケルトンの剣を喰らいながら、僕は内心で毒突いた。


「ああ、クソ・・・・・・!」


 それにしても、瘴気が濃い。

 視界が確保出来ない。


「ゴブリンの時みたいに、急に耳が良くなれば・・・・・・」


 そういえば、何だったんだろう。


 刹那。

 ガツン、という衝撃。また僕のヘルムがぶっ飛んだ。

 普通頭は急所だから狙われるのは当然だが、それにしても一日に二回も吹っ飛ばされるのは気分が悪い。


「気を抜くな! こっちは一体倒した!!」

「ああ・・・・・・そうだ、あの時もそうだった」


 僕はイーディスの声を背中に、記憶を手繰る。

 床には頭が二つ。


 一つはヘルム。

 もう一つは髑髏しゃれこうべ


「・・・・・・つまり、こういう事か」


 僕は徐に、髑髏ドクロをヘルムの代わりに被る。


「遊ぶな、この状況で!」

「大真面目だ、この僕は!!」


 虚幻の頭に、髑髏ドクロの仮面が融合する。


 点と線が繋がる感覚。

 あの時は突然でよく分からなかったが、今なら漠然と仕組みが理解出来る。


「イーディス、君の位置から右二ヤード先に骨人スケルトン一体。もう一体は、更にそこから二ヤード」

「え、何急に!? ちょっと待って、今換算――」


 口では混乱しているが、身体は冷静だった。


 僕が指示したポイントにナイフを打ち込む。

 正確無比。

 奇襲を狙って油断していた骨人スケルトンは、砕け散って二度目の死を迎える。


「何コレ、どういう事? というか顔ドクロ怖ッ!?」

骨人スケルトンの持っている特性、暗視。髑髏ドクロを被るとそれを僕も使えるようになるらしい」

「もしかしてゴブリンの時も?」

「多分そう」


 恐らくこれが、首なし騎士デュラハンになった僕の能力。

 地味だ。地味過ぎる。


「僕はこの瘴気で視界を奪われる事はない。僕は変わらず盾に徹するから、僕の声を頼りに亡者ワイトを倒せ」

「偉そうに命令するな」


 けど、とイーディスはナイフを二本、両手で構える。


「アンタの眼、遣ってあげる」


 右は順手。

 左は逆手。


 二本のナイフが、彼女を中心として風車のように回転を始めた。


 同時。

 亡者ワイトの魔法は完成した。

 魔法円が宙空に浮かび上がり、門を形作り火球が放たれる。

 それは瘴気を照らし回廊を焦がして、敵である僕らへ向けて顎を広げた。


 だがしかし。



 全部。

 魔法が放たれる瞬間から、着弾する位置まで全て。


 風車が斬り裂いたのは、亡者ワイトの首。

 術者の魔力供給が途絶え、着弾する予定だった火球は僕の手前で鎮火した。


「・・・・・・まさか亡者ワイトを倒せるとはね」

「正直、ギリギリだった」

 血糊の代わりに付いた瘴気を払い、イーディスはナイフを仕舞う。


「ねぇ、何で亡者ワイト? コイツら、召喚で出てくる下っ端悪魔でしょ?」

「さてね。ただまあ、この亡者ワイトと広間にあった呪いの絵画、どちらも幽霊屋敷の亡霊ホーントに関係しているのは間違いないだろうね」


 薄らと瘴気が霧散むさんを始める。


「あ、また首なしデュラハンに戻ってる」

「本当だ。どうやら一定時間が経つと能力と、一緒に消えてしまうらしい」

「え、使い捨ての能力なの? ショボっ」

「ほっとけ」


 僕はヘルムを拾い上げ、被り直しながら奥を見つめる。

 回廊がゆっくりと形を成し、その最深にある扉が僕らを誘うように姿を現した。


「どうする? いっそ、この亡者ワイトこそがだって事にして帰ろうか。二人で黙っていれば銀貨五枚だ」

「冗談でしょ。此所まで来て、途中で帰れる訳ないでしょう。それに帰るにしても、この出鱈目でたらめな空間からどうやって帰るのよ」

「それもそうか」

「待ちなさい」


 扉へ向けて歩き出した僕をイーディスが呼び止める。

 彼女の手には、亡者ワイトの頭蓋。


「必要でしょ、コレ

「・・・・・・そういや北の蛮族は、倒した奴の頭を鎧に刺して飾り立てるんだったか」


 自嘲気味に嗤い、僕は亡者ワイトの頭蓋を腰に括り付けた。

 これでは、どちらが悪者だか分からない。

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