第一話『初仕事は幽霊退治』その4

 幽霊屋敷。


 元々商館だったらしく、一階の広間は城のように広い。

 何を商っていたか分からないが、相当儲かっていたようだ。しかし今その面影はなく、広間を飾り付けていた調度品や鎧の残骸が転がっている。


 しかし、略奪など荒らされた形跡はない。

 今の持ち主が余程の権力者か、それとも本当にヤバい亡霊ホーントが出るかのどちらかだろう。


「・・・・・・居ないじゃん」

「そりゃまあ、そうでしょうな」


 僕はランタンに火を点しながら辺りを見回す。

 怪しい絵画や壺は転がっているが、幽霊の類は見当たらない。


「幽霊ってのは脅すのが仕事みたいなものだろう? 玄関から入ってコンニチハってのはあまりにも風情がないじゃあないか」

「そういうものかしら」

「もしくは・・・・・・」


 僕はランタンを腰に下げると、絵画を拾い上げた。

 不気味な絵画だった。中央に描かれた少女の背後で骸骨が嗤っている。絵画の趣味は人それぞれだが、商談に使う大広間に飾る絵ではない。


「まあ〝死はいつも隣に居るメメントモリ〟はモチーフとしては割と一般的なんだけど」

「ど?」

「多分、これは呪いとかそういう類だろうね」


 呪術。

 魔法使いでない人間が、魔法を見よう見まねで使う術。

 大体はいい加減な代物だが、たまにに当たる事もある。


「これみたいにね」

「どんな呪いが?」

「さてね、そこまでは分からない。ただ、呪いが発動したのは確かみたいだ。この辺、絵の具が歪んでいるだろう?」

「あ、本当だ」


 絵画をめつすがめつ眺めながら、イーディスは僕を見上げた。


「アンタ、魔法の心得があったのね。流石は魔法使いに売り飛ばされただけはあるわ」

「酷い評価だな・・・・・・」


 僕は肩を落とし、絵画を柱へ立てかける。


「別に心得って程、学んだ事はないよ。ただ、魔法使いの塔にはこういったが沢山あってね。そういうのを沢山見てきたから、呪いとか魔法の痕跡みたいなのはぼんやり分かるようになったのさ」

「役に立つかよく分からない能力って訳か」

「ま、そんなところ」

 さて、と僕は広間の奥へ視線を向ける。


 そこには大きな階段があり、それが顎を上げて上階へと誘っていた。


「多分、件の亡霊ホーントは上だろうね」

「上って、上の何処よ?」

「それを探すんだろう。シラミ潰しに、さ」


 僕は階段に足を掛ける。

 一瞬、奇妙な違和感が通り過ぎる。


「どうしたの? 行くんでしょ、上の階」

「あ・・・・・・うん、そうだな」


 まあ此所は外よりも暗いし、多分気のせいだろう。


 階段を登り終えると、広間が良く見渡せた。

 広い広いと思っていたが、竜が室内で飼えそうな広さだ。商会の全盛期は、その名を知らぬ者は居なかったに違いない。しかし僕はその商会を知らない。没落というのはそういうモノだ。


 きっと、うちの家だって・・・・・・


「――ねぇ、ちょっと」

「何だ、人が感傷に浸っている時に」

「変なのよ、この階段」

「何が――」

 変なんだい、聞くよりも先にイーディスが小気味よく下る。


 恐らく、下ったのだろう。

 だが僕には、彼女が駆け上がっていくようにしか見えなかった。


「もしかして、降りられない?」

「そういう事。多分、が呪いってヤツなんじゃない?」

「ちなみに他に階段は?」

「奥へ行けばあるかもしれないけど、この辺はないみたいね」

「嘘だろ・・・・・・」


 どうするんだ。

 つまり僕らは、この幽霊屋敷に閉じ込められたという訳だ。

 気楽に請け負ったが、銀貨五枚では安過ぎる。


「帰ったら絶対に交渉しよう、報酬」

「無事に出られたらね」

「その辺は心配ない」


 嘆息するイーディスを尻目に、僕は奥を見つめる。

 別棟と接続された回廊の入口が、左右に二つ。洞窟のようにぽっかりと闇を覗かせている。


「呪いの元凶は亡霊ホーントだ。そいつをぶっ倒せば、元の屋敷に戻るだろうよ。まずはどっちに行く? 多分、呪いの影響で屋敷の外観は当てにならない。正直どっちを選んでも、何処に出るか分かったモノじゃあないな」

「そうね・・・・・・ちょっと調べてみるか」


 言うや素早く、イーディスは音もなく二つの入口を調べ始めた。糸を使い耳を使い、入口から様子を伺う。


「何か分かった?」

「多分、部屋ごとに切り刻まれている感じ」

「どういう事だ?」


 いまいち理解出来ない僕に対し、イーディスはしゃがみこんでコインを九つ正方形に並べた。


「まず、これが通常の屋敷の部屋割りだと考えて。それが呪いによって、こう」


 九つのコインをバラバラに組み替える。


「・・・・・・滅茶苦茶だな」

「そう、滅茶苦茶。オマケに空間ごとに切り取られているから、引き返しても同じ場所に帰って来られる保証はなさそう」

「つまり、適当に入った入口がハズレだったとしても、やり直しは利かないという事か」

「その事なんだけどね」


 イーディスは革袋へコインを仕舞う。


「左右どちらの部屋からも、気配を感じた。気配というよりは足音かな」

「足音って・・・・・・亡霊ホーントって足あったか?」

「わたしが知る限り、ないかな」

「じゃあ新種か、前に此所へ来て迷子になった連中か」

「もう一つ、あるのよ」


 徐に立ち上がり、イーディスは左の入口を指差した。


「あっちの部屋、あそこから外の空気が流れ込んできた。多分、例の共同墓地じゃないかしら。歩いているのは人ではなく、死に損ないの死人アンデッド

「成る程。つまり左へ行けば、取りあえずこの屋敷から脱出する事が出来る、と。死人アンデッドとの戦闘は必至だろうけど」

死人アンデッドとの戦闘に関しては、恐らく右も一緒。共同墓地の方、足音が重かった。多分、肉が付いている」

屍者ゾンビ屍喰らいグールって訳か」


 屍者ゾンビなら僕ら二人でも突破出来る。だが、屍喰らいグールなら厄介だ。連中は爪や牙に毒を持っている。万全な対策をしていない時に遭遇するのはかなり危険だ。


「右側は?」

「軽い音。あれは骨の音ね」

「じゃあ骨人スケルトンだな」


 屍者ゾンビよりは厄介だが、屍喰らいグールよりは対処出来る。


亡者ワイトの可能性は?」

「ないだろう」


 僕は断言した。

 亡者ワイト死人アンデッドよりも悪魔に近い。というか、死者に悪魔が取り憑いて亡者ワイトになる。

 通常、悪魔は儀式によって現世に喚び出される。故に他の連中と違って自然発生する確率は少ない。


「それより僕が気になっているのは、共同墓地の死人アンデッドが屋敷に入って来ないかって事だ。背後からドバッと大勢の死人アンデッドに襲われるのは避けたい」

「確信はないけれど、多分大丈夫じゃない?」

 イーディスは肩を竦めた。


「言ったでしょ、部屋ごとに切り取られているって。流石に外の共同墓地が空間そっくり切り取られているとは考え難いから、出口というか入口は一つ。うっかり何体か迷い込む事はあっても、背後を気にするぐらい大勢は来ないって」

「本当かな・・・・・・」


 まあ、しかし。

 材料が豊富にある共同墓地と、迷い込む可能性がある屋敷内。

 どちらが少ないかと問われれば間違いなく屋敷内。危険性は少なく見積もって良いだろう。


「じゃあ、右側かな。目指すのは」


 それに、僕らは冒険者になったんだ。


 その日暮らしの食い詰め者。

 命よりも金が大事。


 そんな奴が報酬を投げ出し、おめおめ幽霊屋敷から逃げ帰る訳にはいかない。


「奇遇ね、わたしも同じ事を考えていたわ」


 イーディスは自分のナイフの位置を確認し、右側の入口を双眸で穿つ。僕も彼女を倣って、鞘から斧を抜いて構える。


 待ち構えている。

 あそこを抜けたら、直ぐに戦闘だ。

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