第一話『初仕事は幽霊退治』その3

 パルカの街は、大きく東西に分かれている。


 東地区は〝石竜子トカゲの洞穴亭〟がある所で、街道に面している事もあり沢山の商家や露店が立ち並び賑わっている。

 西地区は旧市街とも呼ばれる所で、帝国時代の史跡や古い屋敷が建ち並ぶ一方で閑散としており、旧道に面した場所にそびえ建つ廃墟には無宿人やゴブリンが住み着いていた。


「・・・・・・おかしいだろう、普通」


 夕闇の中、迫り来るゴブリンのナイフを受け流し僕は言う。


「何で偉そうな人の屋敷がある地区で、ゴブリンとかが徘徊しているんだ。そういうのは私兵とか使って駆除するだろう、普通」

「そりゃあ、アレでしょ」


 投げナイフをゴブリンに刺し、イーディスは肩をすくめる。


「屋敷周辺は警備を固めていて、自分達が行かない廃墟はそのまんま。要するに、自分達が良ければ街の治安なんてどうでもいいって事よ」

「いざとなったら、冒険者にって事か」


 けど、とゴブリンの放った矢を腕から抜いて僕は斧を構えた。

 毒矢でなくて良かったが、流れる血がじんわりとガントレットに入っていく感覚が気持ち悪い。


、何処でもさ!」

「そういう事!」


 ゴブリンは全部で六体。二人で捌くには流石に多い。

 出来れば戦闘は避けたかったが、この通りを抜けないと件の幽霊屋敷には辿り着けない。最悪だ。


「そういえば聞きそびれていたけど、君は何が得意なんだい?」

「今此所で聞く!? 正直、こんな正面切った戦闘は苦手。鍵開けとか諜報は得意なんだけど」

「鍵開けに諜報・・・・・・盗賊でもやっていたのかい?」

「ま、そんなとこ」


 イーディスが、踏み込む。

 ナイフを逆手に、一閃が銀の三日月を描く。

 ゴブリンの粗末な盾でそれは受け止めきれず、急所に這入り込んだ切っ先が奴の臓物を掻き出した。


「・・・・・・盗賊より暗殺の方が向いているんじゃあないか?」

「ふえっ!? あ、暗殺!? そんな物騒な事してた訳ないでしょ!」

「何でそんなに動揺しているんだ」


 二撃目。踏み込みが僅かに浅く、イーディスのナイフは肉の代わりに虚空を切った。


「馬鹿! アンタのせいで外れたじゃない!!」

「そりゃあどう考えても君の出目・・・・・・じゃなかった、君の注意力が散漫だったからだろう」


 僕は斧でゴブリンの槍を払い除け、体勢を崩したソイツを蹴り飛ばす。


「数が多過ぎる。隙を突いて突破は無理だな」

「見れば分かる!」

「そうだよな・・・・・・」


 誰が見たって分かる。


「得意な事を聞いたんだから、何か考えがあるんでしょ?」

「いや、火薬が使えないかなって思ったんだ。そうすれば、連中は耳が良いから逃げていくかなと」

「耳? ああ、それでコイツら夜でも迷わず狙って来れるのか」


 なら、とイーディスは何かを思い付き、ゴブリンが落とした錆びた剣を拾い上げた。


「これでも良いんじゃない?」


 道端に生えた残骸へ剣を叩き付ける。元は敷地を区切る柵だったそれは、剣とぶつかり周囲に不協和音を響かせた。


「流石に逃げてはいかないけど、こっちの位置は誤魔化す事が出来る筈」

「名案だ」


 僕は思い切り走り廻る。

 宵闇よいやみに、ガシャガシャと鎧が擦れる音。


「馬鹿、走り廻ったら意味ないじゃない!」

「逆だよ!」


 走り回りながら僕は叫ぶ。


「戦闘力は君の方が高い。僕はこの通り鎧があるから、連中の攻撃を受けても耐えられる。僕を囮にした方が、確実に狩れるだろう」

「確かにそうなんだけど・・・・・・」


 イーディスは半眼で僕を見やる。


「それはフルプレートアーマーだった場合でしょう。その鎧、アーマーがないんだから、乳首・・・・・・じゃなくて胴体ががら空きじゃない」

「まあ、それはそうなんだけど」


 乳首、乳首、うるせえな。

 報酬貰ったらチュニック買おう。


「流石の僕だって、戦い方ぐらいは心得ているさ」


 急所を目指すゴブリンの刃。それを斧で引っ掛け、取り上げる。

 急に自分の得物が消えて混乱したゴブリンへ向け、水平に斧を振るう。黒い血飛沫を巻き上げながら、舌を出したゴブリンの首が宙を舞った。


 しかし。


「ヤバい、囮か!?」


 同族を盾に、背後からゴブリンが躍り出る。

 手にした大剣は、他の連中より手入れが行き届いている。恐らくこのゴブリン一団パックのチーフテンなのだろう。


 完全に接近を許した。この間合い、防御は不可能。大剣が地面を削り、火花が散る。

 太い金属が、重く風を切った。

 打ち上げられる、僕の首。


 首・・・・・・?


「ああ、そうだった」


 首、ないんだよ。元々。

 飛んでいったのは単なるヘルム。僕には何ら影響はない。


「・・・・・・残念だったな、ゴブリン野郎」


 大きな得物がアダとなった。

 チーフテンは動揺しながら大剣を構え直すが、こちらが斧を振るうよりも明らかに遅い。


大剣それ、良い墓標になったじゃあないか」


 首が飛び、絶命したチーフテン。

 大剣を抱き抱えて果てる姿は、ちょっと滑稽で面白い。


「これで全員・・・・・・?」


 後ろからイーディスの声。振り返ると、絶命したゴブリンの屍体を引き摺っていた。


「ええと、一、二、三・・・・・・アレ、確か六体居たよな?」


 転がっている屍体は四つしかない。


「まあ、良いんじゃないの」

 なめし革でナイフの血糊を拭いながらイーディスは言う。

「ソイツ、ゴブリン共のカシラでしょ? コイツらは臆病だから、頭が居なければ烏合うごうの衆。放っておいても平気でしょ」


 それより、と屍体を打ち捨てイーディスは屈んだ。


「いつまでも首なしって訳にはいかないでしょ。ほら、ヘルム」

「ありがとう」


 正直なくても問題はないが、なんとなく違和感がある。

 偽物の頭であるが、ヘルムを被っている方が具合が良い。


「・・・・・・って、コレ」


 被って気付く、生暖かい感触。


「ゴブリンの頭じゃねぇか」

「ごめんごめん、間違えた。こっちだね」


 絶対嘘だ。

 この小娘、後で覚えていろよ。


 イーディスに渡されたヘルム(金属)を受け取り、ゴブリン頭(生もの)と交換する。


 途端。


「・・・・・・イーディス」

「何よ。揶揄からかったのは悪かったけど、そこまで低い声で怒る――」

「柵の影、石弓を構えたゴブリンが一体。それからあの植え込み、辻で僕ら待ち構えてるんだ」


 僕の言葉に、一瞬にしてイーディスの双眸が鋭く凍て付いた。

 僕が一回呼吸をする間に、二発。音もなくナイフが夜を裂いた。

 断末魔が二つ、夜を掻き乱す。しかし直ぐに元の静寂しじまへ戻っていく。


「何で分かったの?」

「いや・・・・・・なんか急に耳が良くなってさ」


 自分でも不思議なのだけれど。

 なんか急に、ゴブリン共の呼吸音どころか、心音まで聞こえてきたんだ。


「・・・・・・ふうん」


 イーディスはそれ以上何も聞かず、投げたナイフの回収へ向かう。


 散々、僕の出鱈目でたらめを見た後だ。

 急に耳が良くなったって、もう大して驚かないだろう。


「行くよ。早くしないと夜が明ける」

「ちょっと待ってくれ。今、ヘルムを被るから」


 僕はヘルムを被りながら、屋敷に向けて歩き出したイーディスを追う。

 うん、やっぱりこっちの方が良いな。


 ・・・・・・あれ、ちょっと待ってくれ。

 僕、一体いつゴブリンの頭を脱いだんだ?

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