第一話『初仕事は幽霊退治』その2
「――つまり、アンタは人間だって事か。魔物ではなく」
「恐らくは。そもそも本物の
発端は、一年前に遡る。
軍を率いていた
その対価として魔法使いが望んだのが、当主の血統。白羽の矢が立てられたのが、
魔法使いに売り飛ばされた僕は魔法の実験台にされ、何度も全身を弄り回された挙げ句最終的に首から上を切断されて、この通り
これ以上あの塔に居たら、死んでしまう。
死ぬならまだマシだ。間違って不死にでもされたら、あの常軌を逸した苦痛が永遠に続いてしまう。
なので僕は逃げ出した。魔法使いの隙を突いて。
僕の逃亡によって家に何か不利益があるかもしれないが(絶対にある)、まあそれは運が悪かったと諦めて貰おう。
「
「どうだろう。僕も本物にも偽物にも会った事ないからな。自分の余命を伝えに来る奴なんて、それこそ御伽噺みたいなモノだろう。本当に居るかどうかも疑わしい」
「でも良いな。飢え死にしないんでしょ、取りあえず」
「いや、腹は減る。頭がないだけだから」
「嘘だろう!?」
「どっから食べるのよ!?」
「そりゃあ口から・・・・・・って、実際やってみた方が良いな」
僕はエールのジョッキを持つと、一口飲む。
珍しくホップを使っている。良いエールだ。
「普通に飲んだ!? いや、消えた・・・・・・?」
「飲んでるよ、普通に。なんていうか、頭だけ透明になった感覚でね」
「ソーセージ、このソーセージも食べてみるか?」
ドワーフから差し出されたソーセージを口に入れる。
香料と塩味の強いソーセージだ。この苦みの強いエールによく合う。
「端から見ると、虚無に吸い込まれたように見えるな・・・・・・」
「きちんと
「チーズも要るか?」
「パン、パンはある? お金は払う。どうやって消えるか見てみたい」
「お前ら、絶対に楽しんでるだろう・・・・・・」
「実際、冒険者よりもその大道芸で稼いだ方が暮らし易いんじゃあないか?」
「僕もそう思ったんだが、ほら・・・・・・魔女認定されかねないだろう?」
「成る程、確かに」
この国で普及している〈
首から上がないなんて、異端にも程がある。
「教会に突き出す・・・・・・なんて事は?」
「ないな」
少女から代金を受け取り、店主は首を横に振った。
「お前は首から上がないだけだが、組合には正真正銘の異端者や異教徒も大勢居るからな。お前如きを突き出して、わざわざ教会に口実を与える愚策など犯さん」
「碌でもない組合に入ってしまった・・・・・・」
「暗殺組合よりヤバい所だったか・・・・・・」
「次々と無宿人を登録していれば、そういう事になる」切り分けたパンを僕へ手渡す。「それよりもお前達、依頼を受けてみるか? 簡単なモノだから、二人でも十分だろう」
「どんな依頼だ?」
「報酬は?」
「そう急くな」
ドワーフは棚から地図を取り出し、それを広げた。どうやらこの街、パルカの地図らしい。
「この街外れ、屋敷が描かれているだろう? この屋敷に
「幽霊退治か。それこそ教会の出番じゃあないか?」
僕はパンを頬張りながら(多分、皆には吸い込んでるように見えている)問う。
ふすまは多いが、少し酸味のある良いパンだ。
「さっきの会話で薄々気付いていると思うが、このパルカは〈
「それで冒険者を使って幽霊退治って訳か。幽霊が住み着いたのは最近なのか?」
「いや、十年以上前だ。俺がこの街にやって来た頃から、この屋敷は幽霊屋敷として有名だった」
「じゃあ何で急に幽霊退治を? 遺産の関係で一族が揉めたとか?」
「まあそんなところだ」
しかし、とドワーフは屋敷の近隣を指差した。
そこには共同墓地と共通語で書かれている。
「
「自警団はどうなの?」
「お嬢ちゃん、〝
鼻を鳴らし、ドワーフはパイプを取り出す。
ドワーフの戦士が彫られたメシャムパイプ。
使い込んで飴色になったそれに湿った煙草を詰め込んで火を点す。飴が溶けた匂いが、店内へゆっくりと広まっていった。
「あの人、隊長だったのか・・・・・・」
「実力ではなく人徳で成り上がった小心者だ。とにかくお前達は亡霊を退治してくれればそれで良い。後の処理は別の冒険者がやる」
「報酬は?」
「一人銀貨五枚。十分だろう、半月は暮らせる額だ」
「確かに悪くない」
が、と僕は立ち上がる。
「僕は幽霊退治用の武器を持っていない」
「心配するな、武器にルーンを刻んでやろう。本職の彫金師のようにはいかないが、幽霊に剣を当てられるぐらいの加護はある」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
僕は自分の左側を指差した。
鎧に剣帯は巻かれているが、肝心の剣がない。
「路銀が尽きて売ってしまった」
「どうやって街まで丸腰で来たの!?」
「運が良い事に、追い剥ぎに出会わなかったからな。それに、その辺の石は咄嗟の武器に向いている」
「ひょっとして、お前がアーマーを付けず裸なのも露出趣味とかでなく・・・・・・」
「ああ、路銀を作る為に売り払った。剣より前だったな。元々、この鎧は魔法使いの塔にあったものを拝借した物だから、別に惜しくもない」
「薄々そうは思っていたが、お前本物の馬鹿か!!」
「ならせめて、チュニックぐらい買いなさい。隠しなさいよ、乳首。鎧姿で上半身裸なんて変態、うっかり異端扱いされても文句は言えないでしょ」
「そんな金などない。この辺りの気候は温暖だし、必要ないからな」
「わたし、なんとなくコイツが魔法使いに売り飛ばされた理由が分かった気がするわ・・・・・・」
半眼の少女に対し、ドワーフが煙を燻らせ深く頷く。
とても酷い連中だ。人を何だと思っていやがる。
「・・・・・・武器は俺が傭兵時代に使っていたヤツを使え。コイツにはもう魔除けのルーンは刻んである。それでどうだ?」
「おお、手斧か。それなら問題ない」
脱力気味に差し出された得物は、素朴な手斧だった。
小ぶりで取り回しが良く、樫の柄は何度も握り込まれて変形している。
一線を退いた後も手入れは欠かしていなかったようで、刃は欠ける事も錆びる事もなく綺麗な膨らみを帯びていた。
「そっちの嬢ちゃんはどうだ?」
「銀貨五枚なら、わたしもその依頼を受けるわ」
「承知した。ルーンはどうする?」
「必要ない。自分の得物を他人に触らせたくないから」
「よい心掛けだ。是非ともそっちの馬鹿にも見習わせたい」
「馬鹿は余計だ、馬鹿は」
剣帯に手斧をぶら下げると、僕は改めて少女を見下ろした。
「宜しく。僕の名前はロアルドだ」
「わたしはイーディス。精々、わたしの足を引っ張らないように。首なしさん」
「首なしね、なかなか良い二つ名だ。気に入った」
僕はヘルムの被り具合を確認する。問題ない。
「きっと幽霊も驚くだろうよ。何せ、死んだ自分に
僕は笑ってみせたが、多分二人とも気付いていない。
だって僕は、〝
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