魔法使いに改造されてデュラハンになったので、冒険者として生きていこうと思う。

湊利記

第一話『初仕事は幽霊退治』

第一話『初仕事は幽霊退治』その1

 僕の名前は、ロアルド。


 少し前まではそれなりに立派な家名が付いていたが、今はただのロアルドだ。


 魔法使いの塔から脱出してから六日、丁度一巡日。

 精根だけでなく路銀も尽き果てた僕は、満身創痍でようやくパルカの街へ辿り着いた。


 正直、追っ手から逃れる為には、暫く身を隠していた方が安全かもしれない。

 しかし今の懐具合では、今日の宿代は疎か飯代さえ怪しい状況だ。忍んでなんかいられない。


 それに、と僕は往来を見渡す。

 この街は人で溢れ返っている。そんな中で僕を見付けるのは、沙漠の中で宝石を見付けるようなモノだ。安心して良いだろう。


「何だ・・・・・・あの男・・・・・・」

「何で鎧に上半身裸・・・・・・?」

「ねぇねぇ、お母さん――」

「しっ、見ちゃ行けません」


 安心して良いだろう。

 そこら中で戦争している世の中だ。鎧なんて皆、見慣れている。


「――おい、兄ちゃん」


 野太い声で、呼び止められる。

 でっぷりとした顎と腹の男だった。腕章から察するに、この街の自警団だろう。値踏みをするような視線を僕に向け、薄ら笑いを浮かべる口からは歯が幾つか消えていた。


「ヘルムにガントレット、そしてグリーブ。厳つい見た目だが、戦争でもやってきたのかい?」

「そんなもんだ」


 僕はおざなりに応える。

 怪しい人には気を付ける――――それが、家名と引き換えに僕が得た小さな知見であった。


「この街に留まるつもりかい? ま、この通り日が傾き始めている。留まった方が良い」

「仕官先を探している」

「つまりは傭兵か」


 男は顎の肉を寄せ集めながら、思案する素振りを見せた。


「そろそろ麦刈りの季節だ。お偉いさん達、兵士は間に合ってるだろうよ。従軍記章があれば、商隊の護衛ぐらいは出来ると思うが」

 あるかい、と視線を向ける。


 従軍経験など皆無な僕に、そんな物はない。男も察したようで、ばつが悪い顔をした。


「それだと難しいな。あとはまあ・・・・・・そうだな――」


 男が向けた視線の先、高札場に一際大きな看板が掲げられていた。

 随分と癖の強い文字だが、商人達が使う一般的な共通語。そんなに難しい事は書かれていない。


「経歴、年齢、性別、不問。冒険者募集中・・・・・・?」

「兄ちゃん、文字が読めるのか」

「一通りは」

「そいつはいいな!」


 男は僕の鎧を何度も叩き、男はわざとらしく声を上げた。


「この看板の文字が読めれば上出来だ。冒険者の組合があるから、そこに登録すると良い。そうすれば組合が日雇いの仕事を斡旋してくれるし、身元引き受けもやってくれる」

「身元も? いいのか、組合への加入がそんな簡単で」

「構わねぇよ。元々、無宿人を管理する為の組合だ。特殊なんだ、他の組合と違って。ゴロつきが溢れて治安が悪くなるより、紐を付けて適当に仕事を廻した方が具合が良いんだよ」

「成る程。それで、組合は何処に? 看板には場所は書いていないんだが」

「そこの酒場だよ」


 男は十字路の突き当たりに佇む店を指差した。


 酒場の名は〝石竜子トカゲの洞穴亭〟。

 その名の通り、建ち並ぶ他の店よりも陰気な雰囲気の店である。


「店主に〝世話焼きのグッドフェロー〟フリーマンの名を出すといい」

「誰だい、それは」

「俺の名さ」


 親指で己を差し、男――――フリーマンはもう一度、僕の鎧を強く叩いた。


「ようこそ、パルカへ。歓迎するぜ」



         ◆◇◆◇◆



 わたしの名前は、イーディス。〝差し足のスニーキング〟イーディス。


 少し前まで、別の街で非合法な組合に所属していた。二つ名はその名残。


 来る日も来る日も暗殺ばかり。

 変わらぬ毎日に飽き飽きしたので、組合を抜け出してこの街へやって来た。


 噂によると、この街ではその日暮らしの流れ者でも入れる組合があるらしい。

 どれだけ平和な街なんだと、呆れ返る。


 実際この街は主要な街道から外れた所にある関係で、世間の感覚から多少ズレた感じがある。住居に焼け跡はないし、往来は露店で一杯だ。

 今日過ごした一日が昨日過ごした一日で、それは明日過ごす一日。

 皆、北方からの蛮族や兵士崩れの野盗よりも魔物の影に怯えている。


 なんていうか、凄く牧歌的。


 今頃、組合は血眼になってわたしを探しているだろう。ああいう連中は、一度抜けた人間を決して許さない。


 近い将来、わたしは連中に殺されるだろう。

 それまで束の間、新しい組合に入るのも悪くない。


 この世界なんて、所詮は誰かが見ている夢なのだから。


「――おう、嬢ちゃん」



         ◆◇◆◇◆



 〝石竜子の洞穴亭〟は、街の酒場にしては珍しく手入れが行き届いている店であった。


 床にジョッキの破片も吐瀉物もなく、カウンターの奥にある棚には古今東西の酒瓶が並び、エールを注ぐポンプは顔が映るぐらい綺麗に磨かれている。


「・・・・・・注文は?」


 店主がぶっきらぼうに口を開く。

 大柄なドワーフ族の男だった。三つ編みにした赤毛の長い髭を幾つも揺らし、僕に向けて鋭い視線を向けている。


 推し量っている。

 こういう時、舐められたら負けだ。


「冒険者になりたくて来たんだが。〝世話焼きのグッドフェロー〟フリーマンの紹介だ」

「その前に注文だ。酒場なんだぜ、此所は」

「そうしたいのは山々なんだが」


 僕は皮の財布を取り出し、封を解いてテーブルの上で逆さまにする。銅貨が二枚と鉄貨が三枚、磨かれたテーブルで踊った。


「食い詰め者か。フリーマンめ、碌でもない奴を寄越したな」


 嘆息し、ドワーフの店主は戸棚を開ける。


「この紙に自分の名前を書け。そうすれば晴れて組合の一員だ」


 手渡されたのは、一枚の羊皮紙。

 僕はテーブルに雑に置かれたペンにインクを染みこませ、自分の名前を羊皮紙へ記す。


「名前だけは書けるようだな」

「アンタの名前も書いてやろうか?」

「お前に教える名などない」


 店主は僕から羊皮紙を取り上げると、鎖に繋いだ小さなメダルを手渡した。


「これが組合の証だ。このメダルがある限り、組合がお前の身分を保障してやる。大事に首からぶら下げておけ」


 僕がメダルを仕舞うのを確認すると、ドワーフはポンプを動かし素焼きのジョッキへエールを並々と注いだ。


「いや、持ち合わせは――」

「奢りだ。その銅貨、蛮族の通貨だろう。そんなもの貰っても迷惑なだけだ」


 銅貨を動かそうとする僕の手を制し、店主は鼻を鳴らす。


「報酬が入ったら、うちで飲んでくれればそれで良い。それよりもヘルムを脱げ。ここは戦場ではないんだぞ」

「そうしたいのは山々なんだが・・・・・・」


 どうしたものか。

 僕は減っていく泡を見つめながら、適当な言い訳を探し始めた。


「・・・・・・あのー」


 途端。

 オーク材のドアが重く開き、ひょっこりと小柄な少女が顔を覗かせる。


 歳は恐らく十前後。腰まで届く長い黒髪と藍色の双眸が特徴の少女だった。

 誰かのお使いだろうか、とにかく助かった。


「うちはガキ向けの酒なんか置いてねぇよ」

「〝世話焼きのグッドフェロー〟フリーマンさんの紹介で、ここに来れば組合に入れるって聞いてきたのですが。あとわたし、ガキじゃありません。十五なので成人の儀も済ませています」

「なんだ、お前も冒険者希望か。今日は随分珍しい日だ」


 店主が少女に向け羊皮紙を差し出す。

 しかしテーブルに辛うじて鼻が付くぐらいの背丈の少女にそれは届かず、少女とテーブルを挟んで泳いでいた。


「十五なら僕と同じじゃないか。そうは見えないけど」

「ハーフリングでも、もう少し背丈があるぞ」

「モデルの縮尺の問題です。ほっといて下さい」


 少女はムスッと頬を膨らませると、踵を上げて背伸びをした。

 した、つもりだった。


「おわっと・・・・・・」

「へ――――」


 バランスを崩し、倒れ込む少女。

 同時。泳いだ右手が、僕のヘルムから下げられた飾り紐に絡まった。


「げ――――」

「あいたた・・・・・・御免なさい、ちょっと長旅で疲れていて・・・・・・」


 腰をさすりながら僕を見上げる少女。

 見上げながら、固まっていた。


「アンタ・・・・・・」


 少女程ではないが、店主も同じように固まっていた。


 まあ、無理もない。

 首から上、本来ある筈の僕の頭部がにないのだから。


 僕の名前はロアルド。

 故あって、首なし騎士デュラハンをやっている。

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