第3話 兵士を目指す少年クライム

「おしっこをおもらしするまで我慢して欲しい?」


 路地裏の暗闇で、レイはとある男と話し合ったていた。時間はとある日の朝方。その男はパンを三個も恵んでくれると言ってきた。その代わりどんな酷い仕打ちをしてくるのかと思ったら、それは「おしっこをおもらしするまで我慢して欲しい」というものだった。レイは目を丸くしていた。初めての注文だったからだ。男は少し照れくさそうに顔を赤くしていた。


「女子のおしっこおもらしは我が街ではブームなんだ。男達は競って嫁のおしっこ我慢出来る量を比べ合っている。とまぁ、そんな競い合いなど口実で女子のおもらしする姿を見たいだけなのだが。そこでお前には我慢して欲しい」

「はぁ。でも水とかたくさん飲まないとですよね? そんなのここでは手に入りませんよ」

「これをやろう」


 男がレイに差し出したのは一.八リットル、つまり一升は入る大きな水筒だった。レイはそれを受け取った。蓋を開けてみると中からビールの臭いが感じられた。


「お酒?」

「それは飲んでも中身が尽きないという魔法瓶。俺の商品だ。それはビール版。利尿効果の高いビールのヤツをお前にやろう。ただで。それには一杯一升入っている。それを十杯以上飲む事。今夜、また来るからそれまで我慢する事。良いな?」

「い、良いんですか? お酒を無限に飲めるようなものをただでくれるなんて……」


 レイは目を輝かせていた。酒が無限に飲めるなんて最高である。どんな技術が使われているのかはわからないがとにかく嬉しい事だ。それをただでくれるなんて、なんて気前が良いのだとレイは思った。


「その代わり今夜までおしっこを我慢して俺におもらしを見せてくれ。そしたらパンを三つくれてやる。言っておくが途中で出しちゃうような真似はするなよ。絶対に今夜まで我慢する事。ちょっと失礼」


 男はレイの股ぐらに手を突っ込み、股をぎゅっと抑えた。レイはびっくりして声を上げる。


「わ!? 急になんですか!?」


 手を離すとレイのマイクロビキニパンツに光の紋章が浮かび上がった。かと思うとすぐに消えてしまった。レイは何かと思ってそれをまじまじ見る。すると男は笑い出した。


「これで俺が術を解くまでお前はその下着を脱ぐ事が出来ない。これでこっそり用を足すことは出来ないわけだ」


 レイは驚き、パンツを脱ごうとする。しかし男の言った通り、マイクロビキニパンツは肌に張り付いたようにびくともしなかった。布地をずらそうとしてもずらせなかった。これも魔法の一種なのだろうか? なるほど。男の街ならではで発展した魔法と言えよう。レイはこんな魔法などかけなくても我慢する物は我慢すると思っていたので少し不服だったが、流石にそこまでは信用されないのだろうと思った。


「隠れて用を足すなんてしませんよ。我慢しろと言われたら我慢しますよ」

「そうか? うちの嫁は隠れて用を足して、一日中我慢したなんて抜かすような女だぞ? それじゃまた明日な」


 男はそう言ってどこかに行ってしまった。レイは一人残った。雪が積もる寒い季節。レイは地面に座ると早速酒を口にした。取り敢えず言われた通り今夜までおしっこを我慢しよう。この水筒で十杯以上のビールを飲まなきゃならない。時間を掛けてゆっくりと飲む事にした。

 しかし良い買い物をしてしまった。好物の酒を好きなだけ飲める。中身が尽きない水筒なんて最高だ。水物があれば腹が減っても多少は膨れる。とても嬉しい事だ。レイはとても喜んでいた。しかし……。


「今日は大人しくしてないとな」


 今夜まで我慢する。我慢しながら殴られるのは流石に無理だ。腹を殴られたらきっと漏らしてしまうだろう。今日一日は人になるべく会わないようにして我慢を続けるしか無い。レイは酒を飲みながらそう考えていた。それにしてもビールはやはり美味い。空の腹に深く染み渡る。ビールが喉を通り腹に貯まるのがわかる。つまみが欲しい位だがわがままは言うまい。レイの長い長い我慢比べが始まった。




 と言っても思えばおしっこを故意に我慢するのは初めての経験。朝から晩まで一日中我慢出来るのか全くの未知数であった。でもなんとなく余裕だろうとレイは高をくくっていた。痛いのを我慢するのに比べたらちょっとおしっこを我慢することくらい造作も無い事だと。とはいえ、一日中、寝床に縮こまり酒を飲んで過ごすのは何かと味気ないのでレイは街を歩いて回る事にした。

 このスラム街には仲間がいる。極貧困者の仲間が。特に仲が良いのがクライムという少年である。身長百三十センチメートル。十歳相当の少年である。芯人のレイと違い、大猿人という、筋肉がよく発達した種族だ。猿の尻尾を生やした筋骨隆々の少年で満月を見ると巨人のような猿、大猿に変身する。大猿になると身長十メートルの怪物になる。大猿になると戦闘力が十倍になる……と本人は言っていた。それが本当なら人間としては最強クラスの凄まじい戦闘力でそんなに強いのなら国が放置するはずがない。それに軍に志願すれば大活躍間違い無しのハズだ。なのにクライムはスラム街暮らしだし、軍の戦力として大猿人が活躍したという話は聞かない。おそらく戦闘力十倍というのは眉唾であろう。そんなクライム少年とレイは仲良しだった。たまたま同じ主人に虐められていてその流れで仲良くなり無二の親友になった。お互いにお互いを好む相思相愛の仲だった。クライムもレイの事を恐らく好きだし、レイもクライムの事は兄のように慕っている。大好きであった。今もクライムは体を売ってパンを貰っているのだろうなとレイは思った。この魔法瓶を見せてやろうと考えた。

 路地を歩いているとたまに人の死体が目に映る。死体が転がっているというのに誰も片付けようとしない。誰も感染症を恐れて近付かない。きっとなぶり殺されたか、餓死したのだろう。レイは死体の一つに近づくと手を合わせて拝んだ。


「せめて来世では良い暮らしが出来ますように。お疲れ様です」


 レイは両手で土を掘ると死体を埋めてやった。感染症が怖いが芯人なので頑丈だからまずは死なないだろうと思った。それでも餓死はする。自分もいつかこうなるのかと思うと恐ろしかった。

 気を取り直してクライムに会いに向かうレイ。クライムの寝床は知っている。そこに向かうのだった。

 移動する間、意識して魔法瓶のビールを口に入れるようにしている。たくさん飲むので腹がたぷたぷだ。既に十杯以上は飲んでいる。言われた基準は満たしているがまだ飲めるので飲んでいる。ところでレイは大食いだ。本来は信じられない程の量を食べるし飲める。本当なら力士程度には飲み食い出来る。体格差を考えるとあり得ない程に。そんなレイがお腹たぷたぷになったのは初めての経験だった。レイはゲップしながら先に進む。

 クライムの寝床にはやはりクライムが座っていた。ボロ布を一枚身に纏い、トランクスを履いた黒髪の少年。汚い格好。痣だらけの体。それでもレイのような傷だらけでは無い。レイはクライムに向けて手を振った。


「クライムちゃん、元気してたー?」


 するとクライムは立ち上がり微笑んでレイを迎えた。レイの方に向かってきて抱きついた。そして唇にキスをする。レイがえへえへと笑う。クライムは微笑み、レイを寝床に案内した。


「久し振りだなレイちゃん。こっち来いよ。新聞紙しかないけどさ」


 二人は寝床に座ると談笑しあった。これまで主人に殴られた数を競った。ちなみにいつもレイの圧勝に終わる。芯人のレイに勝てる者はいないだろう。話し合っているとレイはつい涙が溢れそうになるがそこはじっと堪えた。他人に泣き顔を見られるのが恥ずかしいからである。それはクライムも一緒だった。こうして話しているとこんなくそったれな世の中も捨てたものじゃないと思えるようになる。やはり持つべきものは親友だなとレイは思った。

 レイは魔法瓶について話した。クライムは珍しそうにそれを見ていた。魔法瓶を手に取り眺める。中身を臭いで確認する。ビールの臭いだ。クライムも酒は飲む。恵んでもらう事がたまにあるのだ。クライムも酒は好きであった。


「これがその魔法瓶? 本当に中身が尽きないのか」

「そうだよ! 来訪者から貰ったんだ。私ここに来るまでに、お腹いっぱいになるくらい飲んだけど中身全然減らないの! 飲んで良いよ!」

「それじゃあ少し貰おうかな」


 クライムもゴクゴクとビールを飲む。豪快な飲みっぷりだ。美味い美味いと言っている。そりゃそうだろう。腐ったパンなんかを食べるよりもずっと美味だ。ビールを主食にしたいくらいであった。


「本当だ。いくら飲んでも無くならないぞ! 良いなこれ」

「でしょ? 私なんかお腹たぷたぷ」

 

 レイはビールで膨れたお腹をクライムに見せる。クライムはそのお腹をポンポンと優しく叩いた。


「こんなものなんで手に入ったんだ?」

「えへへ。実はね――」


 レイは自分のおしっこおもらしを見たいという男がいる事。それを見たいが為に中身の尽きる事の無い魔法瓶を渡された事を話した。クライムは感心したような顔をしていた。


「しかし今夜まで我慢出来るのか? 生理的欲求を我慢するのは大変だぞ?」

「まぁ……でも大丈夫じゃないの? 知らんけど」

「お前は人より我慢強いから大丈夫だよきっと。小便も我慢出来るさ。しかし世の中には物好きな人間もいるもんだな」


 その後二人は寝床で酒を飲みながら談笑した。クライムも今日はビールを飯代わりにすると言ってレイに付き合う事にした。

 クライムはふと新聞紙の記事をレイに見せる。それは、「魔族侵略! グール帝国、兵士募集」という見出しだった。


「俺もこれに応募しようと思うんだがレイも来ないか?」

「私も? でも私女だよ? 戦えるかな……」

「気の鍛錬をすれば男も女も関係無い。兵士になれば食うものにも困らない! そして魔族と戦うんだ。民を守るために。英雄になれるぞ! 出世して英雄になるんだ。最高だと思わないか?」

「気の鍛錬ねぇ」


 現在、グール帝国は魔族の侵略を受けていた。魔族の侵略を受けて各街では国民の虐殺が毎度のように起きていた。このスラム街にもそれから逃げてきた者が少なからずいる。だからグール帝国は兵士を募集しているのだった。未経験OK。一から気の鍛錬を教えるとの事だ。気の鍛錬を積めば素手でも戦える。魔法の火の玉を放ちエネルギー波を撃ち、空を飛ぶ。気を扱えるようになればまさに人生が変わると言って良いだろう。しかし気の扱える量には個人差があるらしい。体を鍛える事でその絶対量を増やせる。そうすれば男より体力の低い女でも男より高い戦闘力を発揮出来るのだ。そして子供であってもだ。


「兵士の最年少は六歳だってよ。六歳の少年。たった六歳で、戦場に出向き暴れてる。百人の魔族を葬ったって新聞では話題だぜ? 知らないのか?」

「……私、文字読めないもん」

「あ、そうだったな。お前字読めないんだっけ? これだから不勉強なヤツは」

「えへへ。でも凄いね。気を扱えるようになるとそんなに凄いなんて。私も鍛えようかなぁ」


 その時、ゾワワっと股に違和感をレイは覚えた。尿意だった。おしっこしたくなってきた。まだ昼間だ。夜まで後何時間もある。それまで我慢しなくてはならないのだ。まだほんのりとした尿意だが下腹部が重く感じていた。ちらりと見てみると下腹部が膨らんでいるのが見えた。尿意を意識すると途端に尿意が強くなっていく。レイは尿意を誤魔化すようにまた酒を飲み始めた。


「よし。春になったらこの街を出て隣町のカリフに行こう。カリフでは兵士を募集する役所があるはずだ。レイも行くぞ!」

「うん、わかった。そうすればこの生活から抜け出せるかな?」

「もちろん! こんな殴られてようやくパンを恵んでもらう生活ともおさらばだ!」


 レイは微笑んだ。この生活とサヨナラできるならレイは何でもやってやると思っていた。そのためには強くなるために気の鍛錬をしなくちゃいけない。クライムの話では軍に入団してから鍛錬するらしいので大丈夫。未経験OKらしいのだから。


「レイ、お前は気は扱えるのか? 火の玉出すとか……」

「ううん。全然」

「そうか。俺は鍛錬して火の玉出せるようになったぜ」


 クライムは両の掌を合わせる。するとそこに光が灯り、火の玉が現れた。クライムの気によって生成された火の玉だった。レイは凄い凄いと騒いでいた。


「これで夜は暖を取れるんだ。レイ、今夜は俺んとこで一緒に寝ようぜ」

「うん! そうする!」


 しかしレイはハッとした。あの男との約束があるのだった。今夜はクライムとはいられない。


「ごめん。例の男の人と約束があるんだった。今夜は無理だよ。明日以降ね」

「そうか。そうだよな。わかったよ」


 クライムはいずれ軍に入隊する事にしている。それにレイも参加しようと思った。軍に入るからには敵軍と命をかけて戦わないといけないのだ。それは怖い事だが、まぁ大丈夫だろうとレイは高をくくる。そう、レイは楽観主義なのであった。

 …………。

 …………。

 それから二時間が経過した。レイとクライムは談笑しつつも遊んだりしながら時間を潰していた。それは心安らぐ至福の時、楽しい時間だった。時折酒を飲み交わし、宴会の真似事もした。しかしレイの尿意は異常なまでに膨れ上がっていた。下腹部が大きく膨らみ、重さをハッキリと感じていた。股がとてもうずいていた。じっとしていられない程であり、レイは時折太腿をもじもじと合わせていた。クライムもレイに付き添い、おしっこ我慢に付き合っていた。一時間前に感じた尿意も強くなり始め、クライムは遂に限界になる。


「ごめん。俺はもう我慢出来ん!」

「ふぅふぅ。え? もっと我慢しなよ。私はまだまだ我慢しないといけないんだからさ」

「いや、もう無理だー!」


 クライムは離れた所にかけていきそこで放尿を始めた。レイは近くに駆け寄りもじもじとしながら笑みを浮かべる。


「いっぱい出てるね。こんなにおしっこ溜まってたんだ〜。気持ちいいかいクライムちゃん?」

「ああ。最高だ」


 クライムは肉棒を振るわせてトランクスにしまう。レイは息を乱してもじもじと両足を交差させていた。我慢の限界はとっくに来ていた。しかし夜までまだ五時間もある。半分過ぎたとは言え、まだまだ長丁場だった。レイがもじもじしているとクライムがニヤニヤとしながらレイの顔を覗き込む。


「おやおやレイちゃん〜。そんなにもじもじして、苦しいのかなぁ? なんか可愛いでちゅね〜」

「くぅ……他人事だと思って……。本当にヤバいんだからこっちは」


 ふぅ、とため息をついてレイが股に力を込める。もじもじした姿を、人に見られるのは恥ずかしい。レイはなるべく動きを最小限にするように努めた。息が上がるのは隠せない。額に汗が滲む。もう尿意の事しか考えられなかった。


(ああ、おしっこしたいおしっこしたい。夜までまだまだなのに。こんなに苦しいなんて……。痛いのを我慢するよりキツイよ……)


 レイはハァハァと息を乱しながら悶えていた。股を抑えたい欲求をぐっと堪える。体がぷるぷると震えていた。


「ごめんクライムちゃん。このままじゃ歩けなくなりそうだから寝床に帰るね。例の男の人が私の居場所わからなくなったら大変だから」

「……わかった。しかしもじもじしているレイちゃん、可愛いな。今度俺にもおもらしみせてくれよ」

「はは。パン一個ね」

「オッケー」


 レイは笑いながらその場を後にした。重いお腹を抱えてレイは歩き出した。来る時は短かった道のりが、帰る時はとても長く感じた。レイは必死に我慢しながら歩いていく。途中波が来て何度も漏れそうになりながらも抑えることはせず、もじもじする事もせずに、平静を装いゆっくりと歩いた。クライムはもじもじしている自分を可愛いと言った。それは嬉しいが複雑な気分だった。もし悪い大人に捕まると大変だ。レイはなるべく普段通りを装った。

 そうして自分の寝床に帰っていった。寝床に腰を下ろし、もじもじと体を揺らす。


「ふぅふぅ。まだ夜までは時間があるな。今夜は長くなるぞ……」


 レイはこの先の長い夜に絶望しながら、尿意を誤魔化すように酒を口に運んだ。

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