第53話 秘密の地下道


「うう……ディオが居てくれて良かったよ……これで皆を助けられる」

『状況はあまり良くありませんけどね。私がいつまで生かされている保証も無いですし、それに──この通信が傍受されるのもマズイ』


 最後は小声になり、ディオギスはいきなりそこで言葉を切った。通信が切れたと同時に、白いクリスタルは光を失っていた。


「ディオ!? ディオっ!」

「……あのぉ、ルウ様。お師匠様の無事も分かりましたしぃ、とりあえず研究室に行きましょう」

「ねぇ、早く助けられないの? その、なんとかの塔って」


 彼が捕らえられている場所が分かっているのに何故誰も助けに行かないのか。


「それが無理なんですぅ〜……」

「帝国なんだから、精鋭部隊が居るんじゃないの!?」


 メタトロン帝国にはリーシュが在籍していたフレイアを初めとし、幾つかの精鋭部隊がそれぞれの得意分野を突出して国を守っている。

 空を飛ぶ何かくらいどこかの軍団が出せるのではないか。

 しかしレノアがルウの問いに答える事は無かった。機密事項なのか、彼女もまた内部な詳しい事を知らないのか。


「またお師匠様から通信が来ると思いますしぃ〜まずは言われた必要な物を取りましょう」





 ──────




「ごほっ、げほっ……な、何。ここ……」

「あわわ……ごめんなさいですぅ。お師匠様の研究室はレノアも今日初めて入るので……まさかここまで汚れているとは。レノア一生の不覚ですぅ……」


 ディオギスの研究室は彼の自宅の地下からさらに進んだ洞窟のような道を進み、また深く降りた所にあった。多分、感知されないように地底深くに作ったのだろう。

 下に進むにつれて長く使われていなかった埃のようなものが舞っている。

 しかも研究室と呼ぶには迷路のようになっており中も広く、自然と手が加えられた特殊な洞窟になっていた。

 その洞窟の構造は人間族ヒューマンには出来ないもので、何処と無く見覚えがあった。


「これは──オヤジが作った場所だ」


 グランの振るう槌は特徴的で一切の狂いがない。かつて存在していた小人族ドワーフの中でも最高の腕を持つと言われており、さらに見た目に反してオーダーされた複雑なカラクリも簡単にやってのける。

 小人族ドワーフだけではなく、他の種族も彼の技術を学びたいと押し寄せたそうだが、

 彼が自分の技術を継がせようと認める弟子は今も居ない。


「さっきディオがグラン族長って言ってたのは間違いない。ディオは、どこかでオヤジに会ってる……?」


 隠し部屋が古くからあったのだから、古い付き合いなのかも知れないが、そう考えるとディオギスの人間族ヒューマンとしての年齢が全く噛み合わない。


「ねぇレノア。ディオって何歳なの?」

「お師匠様はご自分の事を殆ど語りません。でもでもぉ、そのミステリアスな所が素敵じゃないですかぁ〜! あの若さでヘイルに在籍する事が凄いんですからぁ!」


 レノアは心底嬉しそうにディオギスの事を語っていた。このレノアも過去だからなのだろうか、ルウの知っているレノアとは違い、感情豊かなように見えた。

 キラキラと瞳を輝かせてディオギスの功績について語るレノアはリーシュに心底憧れているルウと同じ目をしていた。


「アタシはフレイアがリーシュサマの居た所って事しか分からないし、ディオの居るヘイルってのは何をしているの?」


 英雄の本にもメタトロン帝国の詳しいシステムは記載されていない。

 勿論、軍団の内部事情など記すものではないので他種族であるルウが知らないのも当たり前なのだが。

 それでも親切なレノアは唇に手を当てながらルウにでも分かりやすい言葉を探してくれた。


「ええとですねぇ、簡単に言うとフレイアは最前線で敵を倒す部隊、ヘイルは後方支援になりますぅ。皇帝の警護が第一優先で、他は全て切り捨てる覚悟を持った者のみ選ばれているらしいですぅ」

「ほええ……やっぱりディオって凄い人なんだ」

「勿論です! レノアの1番の憧れで、大好きなお師匠様ですからっ」


 研究室の最奥まで歩き、最後の扉に辿り着いた所でレノアは急に足を止めた。


「多分、この扉の先にお師匠様の言ってたものがありそうなんですがぁ……先に邪魔なものを始末しないとですぅ」

「えっ、ど、どこ……!?」


 ルウが気配を探してキョロキョロしている間に遠くの方からザクザクと土を踏みしめるブーツの音が聞こえてきた。


「流石、ディオギスの弟子ってトコだな」


 暗くてまだ相手の顔は見えなかったが、敵の持つ漆黒の剣だけが暗闇の中でも獲物を狙いぎらついていた。


「ルウ様……気をつけてください。禍々しい存在が近づいてきます」


 いつもの間延びの口調から引き締めたレノアは両手に愛用の短剣を握りしめ、姿勢を下げて警戒態勢を取っていた。

 彼女がここまで警戒すると言う事は、相手は格上の存在である事は間違いない。しかも、ディオギスの弟子と呼んだので、どちらの存在も知っている相手だ。


 こちらの戦力が弱いと知ってか警戒もない足音がさらに近づいてくる。

 洞窟の横に等間隔に添えられた蝋燭の炎が敵の顔を認識した瞬間、ルウは呼吸をする事さえ完全に忘れていた。


 深いブラウンの瞳に整った長い金髪をひとつに束ね、彼しか着用しない青いマントと同系色の青い軽鎧を身に纏う青年は間違いなく人間族ヒューマンだ。しかもルウがその顔を絶対に見間違えるはずがない。

 驚愕に震える唇がとんでもない名前を放った。


「まさか──リ、リーシュサマ……!?」

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