第54話 黒いリーシュ
「ふっ──さて、ディオギスの弟子がどの位力を持っているか。試させてもらおうか」
リーシュは禍々しい黒い剣を掲げると、そのまま一気にレノアとの距離を詰めた。
「ちぃっ……!」
「ほぅ。それはただの短剣ではないな。〈召剣〉か?」
己の剣を弾かれたリーシュはふふっと口元に笑みを浮かべ、再び黒い剣を掲げた。禍々しい気が集まると共に、地下にあるこの研究室が潰れそうなくらい激しく揺れる。
「ま、待って下さい……リーシュサマ、何故レノアと戦っているのです!? アタシは、リーシュサマに憧れて──」
「ルウ様、離れて! そいつは英雄ではない!」
「えっ……?」
リーシュの残像が視界に残っていたのはほんの一瞬だけであった。
とにかく動きが速い。多分、彼が本気を出したらエレナよりも速く動けそうだ。
レノアが咄嗟にルウの前に躍り出てリーシュの黒い剣を受け止めた。
甲高い金属音が激しくぶつかりあった瞬間、ルウは互いの剣圧で生じた力により、遥か後方へ吹き飛ばされ壁に背中を強く打ち付けた。
洞窟の壁がヘコむ程の強い衝撃であったが、とにかく頑丈が取り柄で良かったと、産んでくれた親へ思わず感謝した。
「まさか弟子如きが俺の剣を受け止めるとはな。ディオギスは皇帝に歯向かい独自で尖兵を育成していた訳か」
「違う、お師匠様は裏切りなんてしていない。それに──貴様はいつまでリーシュ様の姿でいるつもりだ!」
「いいや、俺もリーシュだよ。リーシュ、リーシュ、リーシュ……!」
目の前の光景にルウは強い吐き気を覚えた。憧れの英雄が黒い瘴気に塗れて化け物へと変わっていく。姿形は
しかしその中身はただの知性を失った獣であった。
『ケケケケケ、死死死死死ぃぃ!』
「くそっ……〈召鎌〉ハヤテ!」
堪らずレノアも奥の手を出す。敵は確かにリーシュではないが、その能力だけはコピーされていた。いくら速いレノアでも
目の前で繰り広げられる激しい剣戟にルウは頭を押さえた。頭痛と吐き気が同時に襲ってくる。
これはまるで現実の世界にいたレンの出した変異と変わらない。何故過去の世界に変異が出現しているのか。
「そうか……だからディオは攫われたのか。イリアサマを乗っ取ったレンって奴がこの世界まで侵食してるのか!」
ここでレノアが死んでしまったら未来は救えない。イリアは青い蝶々のまま世界をただ見守るだけだ。
今もなおエレナ達は戦っている。しかし〈創世神〉の力を得たレンは魔力を失う事は無い。一向に減らない変異と果たしていつまで戦えるか。マオ、メルル、エレナの安否が気になる。
「怖がっていちゃダメだ……何とかしなきゃ……何とか」
ルウは槌を持ってきていないので、何か戦えるものは無いかと布袋を再度漁った。
先程見覚えのないクリスタルが出てきたのだ。もしかしたら他にもディオギスが施した仕掛けがあるのかも知れない。
「──あった。これなら!」
ルウは布袋から魔法で編まれた紐を取り出した。ここは洞窟なので紐さえあれば武器を作る事が出来る。
例え自分に鍛治能力が無くても一番原始的で効率の良い武器が。
「よおし、これならっ」
問題はどうやって動きの速いリーシュに当てるかだ。ルウは近場の岩で作った石槌を握りしめ、2人の動きを追った。異次元過ぎる速さでとても殴れる雰囲気ではない。
「イリアサマ……どうか力を……」
再びルウが祈りを捧げると、今作った石槌が眩い白い光を放った。
『ギャアアアア! マブシイ……ナニヲ!』
「動きが鈍った……ハヤテ、
一瞬動きを止めたリーシュの変異はレノアの鎖鎌によって拘束された。
ある一定の者しか扱えない〈召鎌〉には不思議な力があるようで、様々な角度からさらに無限の長さで鎖が伸びている。
「ルウ様、その槌でこいつを消滅させてください!」
「うう……リーシュサマの姿を勝手に取るなんて……! 絶対に許さない! アタシの大事な思い出を汚した罪は、冥界で償えぇぇっ!!」
動きを拘束されて悶えている黒い塊にルウは思い切り石槌を振り下ろした。
それが変異に当たった瞬間、白い光が四方へと伸びる。眩しさに一瞬だけ瞳を閉じたが、次に確認した瞬間、変異は灰色の粉となり、すぐさま風に乗って空気と溶けた。
「はわわわわ〜レノア、久しぶりの戦いで怖かったですうぅ……ルウ様は大丈夫ですかぁ?」
先程の引き締まったレノアはすぐさま顔を戻し、いつもの間延びした口調に戻っていた。
「うぅ……うっ……うっ……リーシュサマが変異になっちゃうなんて……」
憧れの英雄に牙を向けた事を悔やみ、ルウはボロボロと泣き崩れた。泣いても今の状況は全く解決しないのだが、全く気持ちの整理がつかない。
オロオロと周囲を警戒するレノアは再び袋から白いクリスタルを取り出した。
「お師匠様〜、仰っていた通りになりそうですぅ……どうしましょう」
レノアが話しかけると一瞬だけクリスタルが光り、ディオギスのか細い声が届く。
『レノア、研究室から魔力感知装置と石を取り、そこからルウさんを連れて出なさい──潰れます』
先程黒いリーシュと戦った影響もあり、天井がミシミシと嫌な音を立てていた。
レノアはディオギスの指令に小さく頷くと、既に潰れかけている研究室のドアを無理矢理開け中へ入る。
「レ、レノアっ!?」
彼女が研究室に入った瞬間、激しい揺れと共に天井が完全に落ちた。ドアは見る影もなく、研究室は跡形も残されていない。
「ま、まさか……レノア……」
ルウは完全に脱力してその場に座り込んだ。レノアはあの落ちた天井に阻まれて生き埋め状態だ。
再びポロポロと新しい涙を零すルウの頭の上に小さな古ぼけた箱がコツンと乗せられた。
「ルウ様、勝手にレノアを殺さないでくださぁい〜。レノアは、お師匠様を助けるまで死ねないのですぅ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます