第52話 囚われのディオギス


 レノアの短剣がルウの喉元へ再び向かう。

 やはり過去の人間族ヒューマンを説得するのは無理か。完全にルウが諦めかけていたその時、手に握りしめていた布袋が光り輝いた。


「そ、それは──」

「何だろうこの宝石……こんなもの入っていたっけ」


 袋の中から出てきたのはルウには全く見覚えのない白いクリスタルだ。今まで入っていた事すら気が付かなかったそれが眩い光を放っていた。


「はわわ……お、お師匠様の大切なクリスタルが、どうして小人族ドワーフが持って……」

「よく分からないんだけど……だって、元々この布袋はレノアがくれたんだよ、ガロンへ行く前に」


 どうやら不思議なクリスタルに命を救われたらしい。ルウは再びレノアの説得を試みた。


「ねぇレノア、ディオの所に連れて行って。アルカディアには時間が無いんだ!」

「お、お師匠様は……今ここには居ないんですぅ……」


 レノアは絞り出す声で真実を告げた。漸くルウが敵では無いと理解したらしい。


「どうして? じゃあ、何でレノアだけここに……」


 どう考えてもレノアがディオギスから離れるのは考えにくい事であった。

 元々、メタトロンの壁は魔法障壁が張られているので、彼女がわざわざ見張りをする必要など無いのだ。これが異形いぎょうが再来する前の過去の世界であるならば尚更。

 しかしルウの憶測を超えたとんでもない話がレノアから語られた。


「──数日前に見た事のない異形いぎょうが突然出てきて、〈創世神〉を名乗る女に皇帝を盾に取られてしまったので、その交換条件として攫われてしまったんですぅ……今はフレイアの方々が魔力残滓を頼りに捜索に出てますぅ」

「何で、異形いぎょうが過去の世界に居るの……? じゃあ、この世界って、リーシュサマが活躍された時代!?」

「ふぇふぇ? リーシュサマは1000年くらい前にお亡くなりになってるじゃないですかぁ」


 やはり今の時間軸はルウが旅に出る前の世界らしい。その時はまだ異形いぎょうがあちこちに蔓延っていなかったはず。しかもイリアがレンに乗っ取られた状態で現界しているのも変な話であった。


「変だよ……何でディオが攫われているの? じゃあ、アタシはどうやって旅に出るの……?」


 ここが過去であるならば、多分昔の自分やグランに会う事になるだろう。

 だが、その前にグランの元にディオギスが来ないと、腕が動かなくなりかけているグランの治療は進まない。

 今まで何度も彼の下に神父が来てくれていたからこそ、あの壊れかけた腕が悪化せずに過ごせてていたのだ。


「とりあえずぅ、貴女が未来から来た話は置いといてぇ、一緒にお師匠様を探してください〜」

「そ、そうだね……アタシはドワーフのルウ。よろしくねレノア」

「むむぅ……レノアが挨拶する前にレノアの名前を知られているのは変な感覚ですぅ……よろしくお願い致します、ルウ様」


 また〈様付け〉されるのはくすぐったい感覚だが、ルウは再びレノアと一緒に居られる事が嬉しかった。


「よぉーし! ディオを探すぞっ!」

「おぉ〜! と言いたい所なんですけどぉ、とりあえずそのクリスタルをレノアに貸してくださぁい」

「うん? いいよ」


 レノアに何か作戦があるのだろうか、ルウはどのみち用途の分からないクリスタルをレノアに渡した。すると彼女はそれを突然コンコンと叩き始めた。


「あのぉ〜、お師匠様ぁ〜。入ってますかぁ?」


 レノアの謎行動を黙って見守っていたルウは周囲の空気がザワザワと変わっていくのを肌で感じた。

 何とも言えない冷たい空気と、異形いぎょうが居ないというのに何故か空は灰色──そしてあまりにも静かすぎるメタトロン周辺の様子に、セラフクライムの中にいた時と同じような不安が過ぎる。


「……レノア、そんな呼び方で反応なんて──」

『いやはや、お待たせしてすいません。──やはりクリスタルはそこに分けて置いて正解でしたね』

「はあ!? まさか、ディオ……!?」


 姿は見えないものの、クリスタルから聞こえてくる声は間違いなくディオギスのものであった。

 彼もレノア以外の者が居るとは想定していなかったようで一瞬だけ言葉を止めたが、すぐさま言葉を続ける。


『おや、私の名前を知っている方がいらっしゃるとは……成程、全て〈創世神〉の読み通りに進んでいる訳ですか』

「ねえ、ディオは何処に攫われたの? 今未来のアルカディアが大変なんだよ」


 未来を告げるとディオギスがルウに指示を与えてくれるとの事なので、ルウは端的に今のアルカディアについて話した。


『そうですね……ですが、貴方達も、フレイアもここに来るのは難しいでしょう。羽でもない限り』

「まさか──お師匠様ゎ、月影の塔にいらっしゃるのですか?」

『ええ、そうです。ここには全てを飲み込む大渦が4つあるので、空を飛べるものがない限り入ることは不可能。幸い、〈創世神〉を名乗った女はどこかへ行ったようなので私も直ぐに死ぬ事は無いでしょう』


 冷静に今の状況を分析しているディオギスではあったが、レンが戻ってきた時に彼がまだ生かされているという保証は無い。


「アタシはこれからどうしたらいい? とにかく早く精霊石と同じ力が必要なんだ」


 てっきりディオギスと行動を共に出来ると踏んでいたルウはかなり焦っていた。


『レノア、私の研究部屋にある魔力感知装置と、魔力を封印する石の場所までルウさんを案内してあげて下さい』


 そう言えば過去のディオギスに名乗るのも忘れていたが、彼は声音だけで今何が起きているのか全てを悟っていた。


『大丈夫です、未来は変えられますよ。貴女は小人族ドワーフのグラン族長の娘様ですね』


 穏やかで優しい言葉に、ルウの瞳からポロポロ涙が零れ落ちた。

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