第50話 無の監獄
あんなに大量出血したんだ。もうアタシの命も終わりなのかな。せめてもう一度イリアサマに会いたかったなあ……。
「あれ、傷が無い!?」
ルウは慌てて目を見開き、お腹をもう一度触る。セラフクライムに刺されたと思われる傷は無く、意識が遠のく程の痛みも消えていた。
「ここ……何処だろう」
てっきり死んだと思ったので、ルウは今自分が立っている場所が天国なのか地獄なのか、そのどちらでもないのか分からずにビクビクしていた。
やや足元は薄暗いが、ぱっと見た感じ、血の池や針の山や屍人の怨念も感じられない。
直感だが、ここは地獄ではないのだとほっと胸を撫で下ろした。
「マオー! メルルー! エレナサマー!」
薄暗く肌寒い空間は寂しさしか無い。何処までも続く何も無い場所を歩き、ルウはこのまま自分は出られないのかと不安を覚えていた。
「ヤダよ、アタシはこんなところで立ち止まっていられない。今も皆あっちで戦っているんだ、セラフクライム! 早くここから出して!」
『──我と契約した者よ。お前がその空間から出るにはそれ相応の代償が必要となる』
再びセラフクライムの声が聞こえてきた。代償代償と言われてもルウにそのような物が分かるはずがない。
「代償なんて知らないよ! 大体、
『──我はセラフクライム。代償を払えぬお前は永遠に【無の監獄】に囚われるが良い』
「冗談じゃないやい! 絶対、諦めない」
それからセラフクライムの声は消えた。ルウは無の監獄とは言え絶対に出口があるはずだと周囲を見渡した。
何も無い空間。何処までも果てしなく続く薄暗い道。
「そうだ、ここは暗いけど道になっているんだから歩くしかない。マオー! メルルー! エレナサマーっ!!」
先程よりも大きな声で仲間を呼ぶ。山彦のように自分の声が戻ってきても気にせずとにかく声を上げた。
何もない空間でただ黙っている事が不安と恐怖で押しつぶされそうになるからだ。
「あそこ──光ってる」
どれくらい歩いたか分からないところで、白い光が集合している場所を漸く見つけた。
蝶々のようなものが白い光の周りを飛んでおり、無意識にルウはそこに手を伸ばす。
『ルウ……』
蝶々から聞こえたか細い声は今にも消えそうだった。
「その声──イリアサマ!? どうしてイリアサマが蝶々に?!」
『とりあえず、ルウ。精霊石を集めてくれてありがとう。ここはセラフクライムの中』
イリアに言われて自分の置かれている状況を理解する。やはり傷は消えてもセラフクライムに刺された事は間違い無いのだ。
振るう為の代償を支払えなかった事で剣の中に取り込まれてしまったらしい。
「どうしたら出られますか?」
『うん。無理だよ、セラフクライムはリーシュが居ないと振るえない。あれは魂を食べる剣だから』
〈創世神〉ともあろう者が何故セラフクライムの中に囚われてしまったのか、そして自分の体が何故レンに取られたのか、そして蝶々になったイリア。
ルウにとって今のイリアが置かれている状況は疑問しか無かった。
「イリアサマが元に戻る方法は、無いのですか?」
『あるんだけど、新しい世界でまた頑張った方がいいじゃない?』
「えっ──それって……」
蝶々はひらひらと上へ上へと飛び、青の鱗粉を地面へと落とした。暗い部分が少しだけ明かりを灯す。
その明るくなった場所では現実世界でマオとメルルが傷つきながら減らない
さらにもうひとつの鱗粉が落ち、ほのかな光の先ではエレナが瀕死の傷を負いイリアの姿をしたレンと魔法による激しい戦いを繰り広げていた。
『見ての通り。エレナも、マオも、メルルも傷ついている。ここでルウがあっちに戻っても無意味。だから、このままレンに世界を破壊してもらって、もう一度最初から作り直した方が良くない?』
「良くないって……」
イリアは姿を維持出来ないのだろうか、蝶々も消えそうな羽で危なげに飛んでいた。
『ルウはセラフクライムの中に居るから死ぬことは無い。だから新しい世界で一緒に頑張ろう、それでいいじゃない?』
「……」
イリアの発言には同意しかねた。彼女は〈創世神〉なので幾らでも世界を作り直せる。だが、それで翻弄された者達はどうなるのだろうか。
命を賭けてガードを作ったグラン。
マオの為に自分の命を与えたイオ。
ミラルダは今も水を浄化すべく水の神殿に全てを捧げている。
エレナの副官ら
「じゃあ、今まで戦ってきた皆は……どうなるんですか?」
『時間軸の修正によって無かった事になるか、それとももう一度同じ歴史を繰り返すか──そこは私の力次第だけど、今はレンに身体取られているから難しいかな?』
「……嫌」
『ルウ?』
蝶々はルウの真横で止まった。ルウは激しく頭を振り、力強く拳を握りしめた。
「イリアサマ、アタシはそんな簡単に諦めるのは絶対嫌です! 皆、アルカディアを守る為に死んだ。オヤジが命を賭けて打ったガードで、セラフクライムを復活させて
『……そうだよね、でもね。リーシュが居ないと
英雄リーシュが何故代償を支払わずにセラフクライムを振るう事が出来たのか。
そのからくりはイリアしか知らない事なのだろうが、そもそも英雄はとうに死して存在しない。
「リーシュサマを、もう一度復活出来ないのでしょうか?」
『ルウ……』
まさかの発想に青い蝶々は少しだけ嬉しそうに羽を動かした。
『そうだよ、そうだよ! リーシュの居ない世界なんて私には必要ない。ルウがリーシュをここに連れてきてくれたら何とか出来るかも知れない』
リーシュの名前を聞いていきなり元気になったイリアの声音にルウは少しだけほっとした。
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