第49話 セラフクライム


「ご、ごめんマオ……大丈夫?」

「……いや俺は平気なんだけど、どうすっか。サークレットだけコレ貫通しねえかな?」


 マオは何度かサークレットをルウの方へ投げる素振りを見せた。障壁に触れられないのであれば物理的問題なのか、そもそも壁ではなく中が異空間になっているのか。


「とにかく、投げてみるといいよ! やらないで悩んでも仕方ないし」

「それもそうだな……」


 ルウのポジティブな言動には救われる。悩んでいたマオは吹っ切れたようにサークレットを強く握り直した。


「よっしゃ、ルウ。きちんと受け取れよ……!」

「わ、わわ、あまり強く投げないでね!」


 ルウはガードを握りしめたままわたわたと障壁の中で両手を前に出した。

 マオが遠心力をかけてサークレットを投げつける。障壁の中は不思議な力が働いているのか、ルウの前までサークレットが近づいた瞬間、緑色に輝きゆっくりと落ちた。


「あ、良かったぁ〜! 無事に貫通したみたいだね。それで、これをどうするの??」

「知らねえ」


 秒で返ってきたマオの素っ気ない言葉にルウは口を開いたまま硬直した。


「えええっ!? マオ、きちんとエレナサマから聞いてきたんじゃないの!?」

「知らねえよ、だってそれをルウに渡せとしか言われてねぇし。とにかくそっちは任せたぞ。こっちはメルル1人じゃ半魚人サハギンの群れを捌ききれねえ」


 マオはルウへ任せたぞと信頼した笑みを浮かべると、すぐさまメルルの下へ飛んで行った。


「どうしよう、コレ……イリアサマ……」


 また1人になった所でルウは焦った。今に至るまで何一つ現状は明るくない。


『ガアアアアッ……! 魔力感知! セラフクライム壊す!』

「うひゃあ!?」


 マオが去った瞬間、再びルウの周りに黒い瘴気が渦巻いてきた。まだ形を保っていないものから始まり、狼人族ウェアウルフ人間族ヒューマンと寄ってくるのは人型が多い。

 ルウは何一つ戦う力を持たない為、イリアが張った障壁の中で小さく震えるしか無かった。

 グランが命懸けで創ったセラフクライムのガードを抱きしめ、先程マオから受け取った銀のサークレットをそこに添える。


「ううぅ……イリアサマ、イリアサマ……イリアサマ」

『ガアアッ!』

「わああっ……ど、どうしよう、ヒビが……!」


 障壁を叩く敵が増え、耳に残る獣の咆哮と爪の音が響く。ついにルウが匿われていた障壁にビシビシとヒビが生じた。このままだとじり貧。時間の問題で一気に押しつぶされるだろう。


 セラフクライムはこの世界の希望。絶対に破壊される訳にはいかない。

 例え持ち手が居なくても──。


「セラフクライム……助けて……リーシュサマ……!!」


 ルウは懸命に周りを覆う獣の声を無視し、震える手でガードを天に掲げた。

 リーシュの名に呼応したのか、ガードの丁度中央部分に添えられた紋章が眩い光を放つ。

 あまりの眩しさにルウが目を閉じた瞬間、周辺にいた瘴気や黒い人型達が断末魔の声を上げて次々に気配を消していった。


「な、ななな、何が……これ……?」


 思わずガードを見つめ直す。間違いなく今周辺にいた敵を消したのはセラフクライムの力だ。


 セラフクライムは真の使い手を選ぶ剣。

 唯一、アルカディアにおいて異形いぎようと称されている魔を破壊出来る圧倒的な力を持つが、それ故に代償となる契約を要する。


『──応えよ、我が名を呼ぶ者よ』

「ひぇ!? け、剣が……喋った!?」


 思わずルウは見つめていたガードを手から離してしまったが、既に己の意思を覚醒させたセラフクライムはふわりと空中に浮いたまま光を放っていた。


『応えよ──我を目覚めさせた者よ。何故力を欲す』

「あ、あの……ゴメンなさい! 寝ていた所を起こしてしまって……」


 普通に剣の方から話しかけてきたので、ルウは膝をちょこんとついてセラフクライムに頭を下げた。


「アタシは皆を守る力が欲しい。今、目の前にはいっぱい変な敵がいて、みんな殺されちゃう……だから、それを止める為に力が欲しいんです!」

『──契約者よ、我を振るう為にはそなたの命を貰い受ける』

「命……?」

『我はセラフクライム。我との契約には相応の代償が必要……ドワーフの命如きでは足りぬが致し方ないか』


 ガードはまだ剣を得ていないのに、まるで先端に剣があるかのように切先をルウへ向けた。


『──我を振るう為に、己の命を懸ける覚悟はあるか?』


 セラフクライムは本気だ。よく分からないが、ルウはそう感じていた。

 背筋から冷たい汗がつたい落ちる。怖くないはずはない。

 マオとメルルは半魚人サハギンと戦っており、エレナはイリアの身体を乗っ取ったレンと呼ばれた者と戦っている。

 互いに力を合わせなければ到底勝てる相手らでは無いのに、皆がバラバラになっている。


「アタシの……命でセラフクライムが振るえるなら──!」

『ドワーフよ。お主との契約を、しかと承った』

「どう──」


 どうしたらいい? と言うつもりだった。

 音もなく腹部を中心に急激に広がる熱い液体。その次に目眩と自分の血の匂いに口から血が零れた。

 たった1度咳をしただけなのに、手の平にはいっぱい血がついている。

 さらに鈍い痛みを感じたお腹を触るとセラフクライムのガードが深々と突きささっていた。


「あ、れ……」


 これは──まさか、死?

 ぐらりと後ろに倒れ込んだが、ものすごく遠い所でマオがルウの名前を呼んだ気がした。

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