第46話 レン


 4つの精霊石の中心に渦巻く光から白いローブを羽織ったイリアが音もなく出現した。

 初めて遭った日と同じようにニコニコと微笑みながら、彼女は既に涙を浮かべているルウの横までトコトコ歩み寄って来た。


「イリアサマ……アタシ……」


 イリアの暖かい手が伸び、ルウの頭をよしよしと撫でた。


「4つの精霊石を集めたんだね! 偉い偉い」


 あまりにもフレンドリーな〈創世神〉はまるで小動物と同じようにルウの頭を何度も愛おしく撫でていた。彼女を初めて見るマオとメルルは想像と違いすぎる光景に言葉を失っているようだ。


「お前は……他に言うべき言葉があるだろう」


 変わらないな……と悪態をつくエレナを視界に捉えるとイリアはルウからすぐさまターゲットを変えて思い切り抱きついた。


「エレナじゃない! 久しぶり〜!! ええっと1000年振りだよね。元気にしてた? もうなんでそんなに怒った顔してるのよ」

「お前は、ひっつくな、暑苦しい」


 少女のようにえへへと笑いながらエレナの胸に顔を擦り寄せるイリア。本当に〈創世神〉なのかと疑いたくなるくらいのごく普通の少女にしか見えない。

 しかし不用意な接触を嫌がるエレナは全力で彼女を引き剥がそうと、2人で謎の攻防戦を繰り広げていた。


「エレナぁ、そんな事言わないでよう。だって暗い所にずーっと1人はやっぱり寂しくて……」

「イリアサマ、オヤジは……」

「うん、グランの件は本当に残念。でもね、グランは仕事してくれたよ」


 イリアはエレナから漸く離れると、グランが命懸けで作ったセラフクライムのガードを手に取った。


「おかえり、リーシュ……」


 そっと頬を擦り寄せ、胸に出来たてのガードを抱く。剣の先端は無いのにイリアが抱いたそれからは、炎の剣先が見えたような気がした。──火の精霊が持つ赤ではなく、黒い炎が。


「──私はお前とそんな話をしにきたのではない、リーシュは居ないのに何故セラフクライムを出現させる? 何が目的だ?」

「え?」


 エレナはいつの間にか〈召剣〉していた。かつて共に異形いぎょうと戦った〈創世神〉に愛剣を向けている。


「やだ、エレナ。一体何のつもり?」

「──質問を変えよう。世界を破壊させたいのか?」

「やだぁエレナ。──ホント、大嫌い。な〜んでもお見通しなんだもん」


 見る者に安らぎと幸せを与えるような笑顔は暗い影を落とし、イリアの蒼い瞳は燃えるような赤へと変化した。

 それと共に、穴倉全体の空気が凍りついたように冷たくなり、彼女の持つ力で特殊な空間へと変化した。


「うっ……何これ、超寒い……」

「これが〈創世神〉の力なのか……?」


 メルルは凍てつくような暗い瘴気に触れた肌を自分で抱きしめ、自分の吐く息の白さに驚いていた。

 その間もマオは周囲に視線を張り巡らせ、土が白い棘のように少しずつ凍りついていくのを見た。気温が急激に下がっているが、雪や氷とは違う。暗く冷たい瘴気が充満していく。

 この光景はマオが見た変異したタオや半魚人サハギンに何処と無く似ているような気がした。


「あいつは本当に〈創世神〉なのか……?」


 マオの疑問に応えたのはエレナのジャックザリッパーであった。彼女は光速で動き、イリアの手からガードをたたき落とし、すぐさま自分の左手に抱えた。


「いったあ〜い! 酷いなぁ、エレナったら」

「くそ……やはり適応出来ないと重い」


 小さく舌打ちするとエレナは持ちきれないガードをやや乱暴にマオ達の方へと投げつけた。

 地面に落ちる寸前でマオが何とかキャッチしたものの、見た目の100倍以上の重さに一瞬両腕を持っていかれた。


「何だこれ……重てぇ」

狼人族ウェアウルフ、お前もセラフクライムの使い手ではない。とりあえずそこに置いておけ」


 マオは神の剣とは言え、たかが柄くらい持てると踏んでいたのに、いざ触れると尋常ではないその重さに疑問が払拭出来ない顔をしていた。


「厄介なのはそれを破壊される事だ。──目の前にいるレンにな!」

「レンだと……?」


 マオは思わずエレナに両手を傷つけられて笑う〈創世神〉を見上た。彼女は先程の子供のようなあどけない笑い方ではなく、喉の奥から込み上げる声で低く笑っている。

 最初のイリアとは纏っているオーラは異なっており、姿形にあどけなさはあるがその中からは怨念めいたものを感じる。足元まで迫る凍てつくような瘴気がそれを示していた。


『フフ──無能な小人族ドワーフだけならばどうにでもなったものが……まさかお前まで来るとはな。想定外だ』

イリア創世神を乗っ取ったのか、レン」

『あぁ。この女は〈創世神〉ではない、ただの無能な娘だ。リーシュを失い無になっていた所で奴の形見であるセラフクライムを砕いてやった』

「お前にそんな事が──」


 例え彼が闇森人ダークエルフに堕ちたとしても、神の剣であるセラフクライムを砕く事は不可能。

 剣を生み出すまでに小人族ドワーフ森人エルフ人間族ヒューマンの協力と創世神の力を用いる為、それを壊すには同等の力が必要なのだ。

 そのため、リーシュが死んだ後も剣だけは現世に存在しておらず、〈創世神〉の下へ還ったと今日まで言い伝えられている。


『それが出来るんだよ、エレナぁ。人間族ヒューマン如きを愛したこの不出来な無能神が悪い。この女の力を失ったセラフクライムなどただの駄作に過ぎない』

「……そういう事か」


 エレナが最も恐れていた事をレンはやってのけたらしい。イリアは〈創世神〉でありながら、アルカディアそのものに関心がない。彼女の興味はリーシュと呼ばれる英雄のみ。

 彼は寿命を全うする前に異形いぎょうの先駆となる【ある魔物】に呪いを身体に受けていた。それが先に命を奪ったのだろう。

 リーシュを失い、長い間イリアを支え続けたエレナは国に帰り、それからの間イリアはずっと1人になっていたのだ。その心の隙を突かれたらしい。


『神に不必要な心を与えたのが悪い。お前達は長旅でイリアを素晴らしい腑抜けにしてくれたよ。お陰で、今僕の最高の研究結果が披露できる!!』

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