第43話 故郷の危機

小人族ドワーフ、私が同行して風の精霊石をお前に渡すには一つだけ条件がある。イリアが出てきたら完全に別行動。そして絶対に私の邪魔はしない事」

「それは……」


 エレナはルウが読んだ英雄の本と雰囲気がかなり異なっており、セラフクライムに対してもアルカディアに対してもハッキリ言って協力的な印象はなかった。

 イリアが出てきた時に別行動するとはどういう意図なのだろうか。困惑したルウの代わりにマオが大きく頷いた。


「それでいいぜ、俺も〈創世神〉に聞きたい事は山ほどあるんだ。元々、精霊石をルウの親父さんに届けるのが目的だからな。それからどうなるのかは実際行ってみねぇと」

「マオ……」


 エレナは味方なのか不安を抱えたままイリアと再び会う事になる。そもそもセラフクライムは本の中の世界に近い。たった4つの精霊石を渡すだけで、本当にガードが作れるのだろうか。


 神の剣とも言われるセラフクライムは小人族ドワーフ森人エルフそして人間族ヒューマンが合わさって作ったはず。ルウは自然と不安が顔に出ていたらしい。マオがポンポンと彼女の背中を叩いた。


「分かってるさ、事を起こすには色々な種族が協力しねえといけないってこと。でも、何よりもまず行かねえと始まらないだろ?」


 穏やかで優しい笑みを浮かべるマオの目線に、部外者状態になっていたメルルが心底不満そうに2人の間を割って入った。


「んもぅ! ダーリンは私にも優しくするべきなのよっ……なんで小人族ドワーフばっかり」

「俺は魚が嫌いなんだよ」


 その一言にメルルは石になったように時を止めた。彼は別にメルルの事が嫌いな訳ではなく、狼人族ウェアウルフは狩りで食料を得ている肉食動物だ。魚は一切手を出さない。

 そして彼がルウに優しいのは、レノアから貰った袋に入っていたほしにくを2回も与えてくれた命の恩人だからであって、それ以上の深い意味はない。


 俺は魚が嫌いなんだよ。


「ふ、ふふふ……フフフフフ」

「な、なんかメルルの様子がおかしいよ……マオ、責任取りなよ?」

「はぁ!? 何で俺!?」


 マオは不満そうに壊れたメルルの肩を触ったが、彼女は既に自分の殻に閉じこもっておりどんよりとしたオーラを放っている。誰の声も聞こえないようだ。


「知らねぇよ。それに、別にこいつが居なくても何とかなんだろ。なあ森人エルフさんよ?」

「話は終わったか? ではグランの下へ飛ぶぞ。私の周りに術を展開するからこちらに入れ」


 ルウとマオは言われるがままエレナの周囲に張り巡らされた五芒星に入った。白い光が天へと伸びる。


「ちょっと! 本気で私を置いていくつもり?!」

「あ、メルル復活したみたい、良かった〜」

「ほんっと最悪! 冗談じゃないわよ! ここまで来て置いてけぼりなんて何考えてるのよ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐメルルにエレナは少しだけ眉を寄せて牽制した。


「煩い奴はたたき落とすぞ。少し黙れ」

「は、はぁい……」


 ルウとメルルは静かに口を噤み、完全に小さくなっていた。

 エレナはやれやれと溜息をつき、五芒星の中央に立ち風の精霊石を掲げて更に何か呟く。

 森人エルフの呪文は3人には理解出来ないものであったが、風の精霊石を媒介として転移魔法を発動させるという事だけは理解できた。


 光の柱は五芒星の端から天まで伸びていた。何処まで伸びているのかは想像つかないが、その光の柱が繋がっている場所まで運んでくれるというシステムらしい。


「す、凄い……!」

「一瞬で飛ぶ。お前達、舌を噛むから黙れ」


 エレナが再び皆を牽制したと同時に、4人の身体は重力を失い宙に浮き、そのまま遥か遠くにあるルウの故郷まで僅か一秒足らずで転移した。


 転移魔法という物が初めてである3人はその降り立った後の衝撃に強い目眩を感じていた。メルルの症状は一番重く、何度かむせ込み膝をついていた。

 マオは身体を軽く動かした所である程度元の動きに戻っていた。

 一方のルウは体調の不調は無いものの、故郷の異変にいち早く気づき1人で青ざめていた。


 穴倉の中からは命を生み出す鍛治とは明らかに違う灰色の煙が立ち込めている。

 洞窟は換気できる場所が少ないので、中から異臭を放つ煙が出るという事は何かの異常を意味する。


「な、何だよあの煙! オヤジっ──!」


 もう一度鼻を凝らして確認するが、やはり明らかな異臭がする。そして仲間とは全く違う気配。

 今は全員ガード創りに集中しているので他種族が混入している事は有り得ない。小人族ドワーフではない何かが中にいるのだ。


『早く行きたいんだろ、俺に乗れ』


 マオはすぐさま姿を狼に変えるとルウを背中に乗せて穴倉の中へと駆けた。

 ルウの心臓が早鐘を打つ。嫌な予感しかしない。非常事態に発動するシェルターが幾つか動いていた。多分、敵の襲撃に対し、グランの指示で弟子達は中に避難しているのだろう。


「マオ、ごめん、急いで──オヤジが……オヤジが……」


 ルウはマオの毛にしがみつきながら不安に押しつぶされそうになっていた。嫌な匂いが近づいてくる。そして、同胞の血の匂いも。

 鍛冶場に居たのは見た事のない鉄の塊と、攻撃を受けて全身血塗れで左腕を完全に失ったグランがふらふらと立っているだけだった。


「ちっ……機械兵器はやっぱりしぶてェな。早く帰って来いや、バカ娘……」

「オヤジぃぃぃぃ……!」


 マオがグランの前までジャンプした瞬間──再び機械兵器の口が大きく開かれた。

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