第42話 グランの戦い

 沢山の同胞の屍の上に立つエレナの瞳にもはや感情は映らない。

 愛用の短剣で何度も召喚された〈死体〉を薙ぎ払い、最後に辿り着いた黒い杖のコアに深々と剣を突き刺した。


『ゲッ、ゲェッ……シニガミ、エレナ──オマエ』


 核を潰された黒い杖はビシビシと鈍い音を立てて少しずつ崩れていく。まだ喋るかとエレナは壊れていく杖を凍りつくような鋭い瞳で睨みつけ、さらにもう一度愛剣を突き立てた。


「そこまで口が回るのならレンに伝えろ。貴様だけは何があろうと、私が必ず冥界の底に堕としてやるとな」

『ゲェッ……レン……サマ、バン、ザイ』


 黒い杖はレンを称えた後、再び空間の中に消えた。それとほぼ同時に落ちていた目玉の残骸は真っ赤な血の涙を流し、ビシビシと空間が割れる音と共に何処かへと消え去った。


『あああ……痛い……焼ける……』

『苦しい……殺して──』


 黒い杖により冥界から召喚された〈死体〉はまだ取り残されたままだった。既に動く事もままならず、ただ呻き声だけを発している。

 強制的に現界した彼女らは、生の世界に存在する事も死の世界へ帰る事も叶わないのだ。


 エレナは自分が手に掛けた同胞の横に膝をつき、胸元で光る風の精霊石をそっと握りしめた。


「済まない──私に力があればお前達をこのような苦しみから救う事が出来たのかも知れないが……」


 突然エレナの身体が淡い光に包まれ、呻いていた死骸を中心にふわりと優しい緑色の風が舞う。


『エレナ様──』

『ありがとうございます。もう一度エレナ様に逢えた事、我々は嬉しく思っております』

『世界をお願いします、エレナ様……』


 瘴気と杖の呪いから解放された森人エルフらは元の姿へと戻り、皆清々しい笑顔を浮かべていた。

 エレナの魔力と共に緑色の優しい風はさらに強くなり、瘴気で朽ちた森人なかまの姿を目に見えない粒子レベルまで分解していく。

 彼らは既に死した存在。どう足掻いた所で、再度この世界に復活する事は出来ないのだ。


 冥界から来た魂を無に還すという神にも近い所業をルウ達は無言のまま見つめていた。


「全てが終わったら……私もお前達と共に地獄へ堕ちよう」


 緑色の風がさらりとエレナの頬を撫で、静かに伝う血の涙を荒い流していった。



 ──────



 一方その頃──。


 震えの止まらない右手を叱咤しグランはガードを作る最終工程へと着手していた。

 ガードに使う金属は彼ら小人族ドワーフの住む洞窟の奥にしか無いもので、神しか折る事の出来ない耐久性を持っている。

 それは1000年前にグランがセラフクライムを打つ際に偶然発見した物で、今回のガードを作る分で無くなってしまった。


(だが──俺1人ではガードを完成させるのも難しいな……)


〈創世神〉からの勅命はガードを作る事であったが、先にグランの体の方にガタがきていた。

 今のままだと未完成。娘は槌を振るう事も出来ず、まして技も教えていない。

 これを唯一完成させる方法があるとしたら、1000年前に共にセラフクライムを生み出した森人エルフの少女。彼女の魔力が必要不可欠だ。

 グランは信じていた。愛娘が必ず精霊石と、森人エルフをここに連れてくると。


「お、親方……! 大変です!」

「今取り込み中だ! 後にしろ」

「そ、それが……! バケモノが中に入ってきます……! 見たことのない、鉄の──」


 鉄と聞いた瞬間、グランの表情が強ばった。この穴倉が弟子の見たその敵に見つからないようにひっそり暮らしてきた。

 彼がここからルウを出ていかないように指示したのは小人族ドワーフの隠れ家的今の場所を知られない為であり、かつセラフクライムを打つ為の神の金属が眠っている場所だからだ。


「まさか──機械兵器……もう出やがったのか。おいおい、聞いてる話と随分……」


 ガシャガシャと聞き覚えのある機械の音が近づいてくる。それはただの機械ではない。生きている物を殺す為だけに造られた兵器。

 勿論機械に意思はなく、ただ目の前で動く物を消し去るだけだ。

 一切の感情を無くしたからこそ、恐ろしい殺傷力を兼ね揃えている。誰がそのような物を作ったのかは知らされて居ない。


「ひぃぃぃぃ……!」

「親方……! ど、どうしましょう?!」


 弟子らはガシャガシャと動く機械の音に怯え、完全に縮こまっていた。流石のグランも手の打ちようがなく、舌打ちをして右手を高く挙げる。


「くそっ……俺らじゃ歯が立たねェ。おめえらとにかく作業はストップだ! アレに絶対に目立たねえようにみんな鍛冶場から離れて地下に作ったシェルターに引っ込んでろ!」

「あ、アイアイサー!」

「いいか、あの機械に見つかったらまずは死んだフリでもしておけ。絶対にこっちから攻撃を仕掛けるな。俺らじゃ何も出来ねェからな!」


 弟子らがバタバタとシェルターへ避難したのを確認した所でグランは自分の部屋へと足を向けた。


「こいつに触ンのは何百年ぶりだろうな……頼むぜ土の精霊石よ。俺みてェな雑魚でも、助けてくれやな」


 ルウを産んですぐに他界した嫁を想いグランは一瞬だけ瞳を閉じ、自分の槌の中に土の精霊石を嵌めた。

 途端に穴倉の中に渦巻いていた重力の流れが変わり、ガシャガシャと音を立てていた機械兵器が一気に動きを遅くした。

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