第37話 変異ダークエルフ


『ケヒケヒケヒ!』

『レンサマレンサマレンサマアアアッ!!』


 レンの名前を連呼する闇森人ダークエルフの変異が大量に出現し、マオらを襲っていた。

 その数100は超えている。サイズはルウが対峙した物の半分にも満たないが、戦力は差程変わらない。


「ちくしょう……一体何体居るんだこの化け物はっ……!」

「知らないわよ! とにかく接触される前に蹴散らすわ」


 闇森人ダークエルフ半魚人サハギンのように変異しているとしたら接触するのは危険だ。マオはメルルを庇いつつ何とか飛んでくる闇森人ダークエルフを一体ずつ剣で切り裂いていた。

 確かな手応えは確かにあるのだが、敵はレンという名前を呼んで黒い瘴気へ変わり消えていく。

 死骸がそこに残らない不気味さに、この森の中で得たいの知れない何かが起きるのでは無いかとマオは警戒していた。


「あぁんもうっ……私はダーリン以外に触られたくないのよ……消えなさい化け物!」


 メルルはギャアギャア騒いでいる割に術に長けているので多少放置しても問題無さそうに見えた。その間に──。


(必ずこの闇森人ダークエルフを統率している者がいるはず。それがレンとかいう名前の奴なのか?)


 いくら鼻を効かせても闇森人ダークエルフの匂いがそもそも分からないので嗅ぎ分けは難しい。

 マオはメルルほど魔力が強い訳でも無いのでボスとなる闇森人ダークエルフを探知するのも厳しい。


「──結局は1匹ずつどうにかするしかねぇか……」


 まだまだ減る様子もなく襲いかかってくる元気な闇森人ダークエルフを見てマオは剣を二刀流に変えた。今は少しでも手数を増やして早めに蹴散らすしかない。


「くそっ……ルウは大丈夫だろうか……」

「また小人族ドワーフの心配? あの女はしぶといから殺しても死なないわよきっと」


 ふんっと不満そうに鼻を鳴らすとメルルは嫉妬と怒りを闇森人ダークエルフへ全力でぶつけた。


「ほんっと最悪っ! 何でこいつら減らないのよ……どうなってるの? 分裂?!」

「一体一体の力は変わらない。多分、これを操っている奴がいるはずなんだ……」


 喋る間すら与えられない程の連撃。マオは二刀流にしても先程から闇森人ダークエルフが増えているような錯覚さえ覚えていた。


『ケヒケヒケヒ!』

『レンサマレンサマレンサマアアアアア!!』

「……こいつら、馬鹿の一つ覚えみてぇ同じ事しか言わないな。疲れてもやるっきゃねぇか……」


 何体倒したか数えるのも億劫になっていた。最初にざっと見ただけで100体は居たが、今もなおその数を増やしている。

 細胞分裂でもしているのか、変異は傷ついた矢先に同じ個体で増えるのだ。

 終わりの見えない数にメルルもうんざりした様子で印を結んだ。


「──デ・デュナメイス」


 凛とした声が周囲に響くと突然大量に湧いていた闇森人ダークエルフ達が喉を抑えて苦しみ始めた。


「何だ……?」


 勿論2人には何も異変はない。どうやら今の魔法は闇森人ダークエルフにのみ有効のようだ。

 すると苦しみから解放された者から次々に仲間を殴り始めた。マオは闇森人ダークエルフから距離を取って様子を伺うが、自分に立ち向かって来る者は居ない。


「何だ……? こいつら、突然同士討ちか?」

『アヒャアヒャ! コロスコロスコロスウウ!』

『イヒ、イヒ……ヤル、ヤルヤルウウウ!』


 100体以上の闇森人ダークエルフが次々と倒れていく。突然狂ったように同士討ちを始めた敵の様子を2人はただ眺めるしかなかった。


『アヒャヒャヒャ! シシシシ、シヌ──レ、サマ』

『レンサマレンサマアア……』


 彼らは矢継ぎ早にレンという名前を叫び、死骸は残さずに黒い瘴気となり空へと消えていった。

 無限に続くと思われていた闇森人ダークエルフ地獄から解放されたメルルは魔力を相当消費したようでへなへなと座り込んだ。元々長く歩いて疲れていたので体もとうに限界だ。


「はああ〜っ、疲れた……折角ダーリンと2人きりになれたのにちっとも休めないんだもの」

「あのなぁ、俺達は遊びに来たわけじゃねぇだろ! 全く……手伝う気が無いならヌヴェールに戻れっての」

「あんっ。どうしてダーリンはそう冷たいのぉ〜きちんと仕事はしてるでしょ?」

「まぁ確かに、お前の魔法は助かってるよ。うん」


 元々魔力ではなく力で戦ってきたマオにとって、メルルの魔法力というものはあまり信用していない。使えたら便利なんだろう位の認識しかないのだ。


「そういやさっきの声の主は──ッ」

「はい、そこを動かないで下さいね。狼人族ウェアウルフさん」


(いつの間に……!? 気配も匂いも全く無かった)


 座り込んでいたメルルは両手を後ろ手で拘束され、喉元には鋭い銀のナイフが押し当てられていた。

 外見は先程の闇森人ダークエルフと似ているが肌の色が違う。

 彼はニコニコと微笑みを浮かべているが、お互いに種族が異なる。敵か味方かこの状況だけでは判別はつかないだろう。

 マオはメルルを助ける為に両手の剣を鞘にしまい、無抵抗だと示す為に両手を上げた。


「──あんた達の領域に無断で入った事は詫びる。ただ俺達は遊びに来た訳でも侵略に来た訳でもねぇ」

「ええ。存じ上げております。エレナ様のお告げで貴方達が此処に来る事はとうに知っておりましたよ」

「エレナって……あのエレナなのか? 昔の英雄の」

「はい。仰る通りそのエレナ様です。尤も、貴方達の知っている伝承と少しばかり事情が変わって来ておりますけどね」


 エレナの副官である男はメルルを拘束する手を緩めないまま、現在森人エルフらが置かれている現状について話し始めた。

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