第36話 エレナ
「マオー、メルルー。どこ行ったんだよ……」
とぼとぼ肩を落とし森を歩くルウの背中を木の上から見下ろしていたエレナは期待外れだと溜息をついた。
彼女は両手で武器を握っているが、後ろは隙だらけ。
エレナだけはかつてセラフクライムを打つ際にグランと会話したが、他のドワーフの記憶は一切ない。
(敵の領地だと言うのにあのように堂々と……一体あいつは強いのか? それともただの間抜けなのか……)
エレナは最悪の可能性を幾つか考えていたが、実際のルウは気配を消す方法を知らないだけなのだ。
長年
「自殺行為なのか、罠なのか。仕掛けてみるか……」
エレナは矢を一気に引き縛り、目標に向けて放った。
銀色の鋭い矢尻は音もなくルウの首筋目掛けて一直線に向かったが、何故か途中で失速し矢尻からバラバラと砂のように崩れ落ちた。
「な、何?! また敵!?」
鈍感なルウでも後ろで何かがバラバラと崩れた音には気づいたようだ。先程突然
足元には灰のようなものが落ちている。火の元がない事を確認しルウはキョロキョロと周囲を見渡した。
「エルフさん! 居るなら答えて! アタシはドワーフのルウ。イリアサマの勅命でエルフの族長さんに逢いに来たんだ!」
先程精霊石が狙われたので敢えて精霊石には触れず、まずは族長に逢いたい事を叫ぶ。しかし勿論返事は無かった。
「ねぇ、いるんでしょ! マオとメルルは何処!? アタシは──!!」
ルウは旅の目的をハッキリ伝えるべく、とにかくありったけの大声で叫んだ。
「聞こえてるよ、そんなバカデカイ声上げなくてもさ」
「うわっ……!?」
ルウの眼前に突然出現したエレナは彼女の喉元スレスレの所に短剣を突きつけた。
突きつけた──というよりそのままルウの喉を潰す勢いだったのだが、その短剣も矢と同じようき不思議な力でボロボロと崩れ落ちた。
「な、ななな……」
「ふむ。やはりそうか」
今まさに喉元を潰されそうだったのに、その剣が先に崩れて無くなった。先程落ちていた灰と一緒の所を見ると、自分の命を狙ったのは多分この
呆然と朽ちた短剣の灰を見つめるルウの目の前で、エレナは腑に落ちた顔で1つ頷いた。
「お前はイリアに守られてるのだな。
「えっ……オヤジはグランだよ。アンタこそ、エルフの偉いやつ?」
グランという名前を聞いた途端、エレナは顔を顰めた。元々の性格かも知れないが、
「あの……アンタがドワーフ嫌いだとしても、エルフの族長さんにアタシは遭わなきゃダメなんだ。風の精霊石が必要なんだよ」
敵かも知れないが父親の名前を聞いてさらに追撃して来なかった所を見るともしや昔の大戦の関係者かと思い、ルウはつい風の精霊石の名を口走っていた。
しかしそれを聞いた途端、エレナが腹を抱えて笑いだした。
「お前如きが精霊石を集めて何をする? 大方、イリアに唆されてセラフクライムを復活させろと言われたのだろう?」
「そ、それは……そうなんだけど……」
エレナの指摘にルウは何も言い返せないまま硬直した。確かに自分が精霊石を集めた所で実際にガードを作るのはオヤジの仕事だ。
それからどうなるかまでは聞いていない。結局精霊石を集めるまでは意気込んでいたが、実際にそれから? を聞かれると返答に困る。
「──あぁ、すまない。お前も狭い穴倉からわざわざここまで出てきて、イリアに頼まれてあちこち巡って来たのにな」
「アンタ、何者……?」
所々癇に障る物言いをするエルフだな、と思いつつルウは目の前に立つエルフをまじまじと見つめた。
まず気になるのは大好きなイリア様を呼び捨てにする事。それは〈創世神〉とかつて共に戦ったか何かしら関係があると思われる。
ピンク色のポニーテールに切れ長の赤い瞳。白い肌に長い耳とすらりと整った長い手足と見目麗しい姿。
(このエルフ──何処かで)
見た事があるような気がしていた。多分ボロボロになるまで読み耽った英雄の本だ。
彼女の左額には魔力を一定量封印するサークレットが嵌められている。
これをわざと付けている
「イリアとグランの古い知り合いと言えば分かるだろう」
「ま、まさか……まさか! エレナサマ!!!」
ルウは途端にパッと目を輝かせ、エレナに無心でしがみついた。
まさか抱きつかれると想像して居なかったエレナはその純粋な腕を引き剥がす事も出来ず珍しく動揺の色を見せる。
「エレナサマ! エレナサマなんですね!? 英雄リーシュサマと共に
「な、何だ。何なんだお前は……」
鼻水を拭くのも忘れ感動したルウは泣いていた。しかしこの反応は全く想定外であったエレナは完全に対応に困り動揺していた。
昔共に戦った仲間の娘が、こうまで英雄碑のファンだとは思ってもいなかったのだ。
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