第5章 風の精霊石を求めて

第33話 エルフとダークエルフ


「おい……何でお前まで付いて来るんだよ」


 間髪入れずマオが腕にしがみついてルウを牽制するメルルをうんざりした顔で見下ろしていた。


「あらん、ミラルダ様からの命令よん。私はダーリンと一緒に小人族ドワーフの精霊石集めを手伝うって」


 メルルはさも当然と言ったようにそう言い放つ。

 彼女は再度陸の世界で動けるようにミラルダから人間族ヒューマンの手足を与えられていた。また再び水の世界に戻る際は自力でそれを自由に出し戻し出来るように改良されていた。


「いや、確かにルウの手伝いはありがてぇけど、俺はお前のダーリンじゃねぇよ」


 まだ同じ事を言ってるのか、とマオは再び溜息を吐いた。何度言っても盲目気味なメルルには通用しない。種族も違うのにここまでマオに執着する何か他の理由でもあるのだろうか。


「まあまあ、仲間は沢山居た方が楽しいじゃない。ね?」

「ほらぁ〜! 小人族ドワーフも言ってるんだからいいじゃない」

「だからって、いちいちベタベタすんじゃねぇ! 大体もうすぐ森人エルフの領域なんだぞ」

「エルフかぁ〜! エレナサマに逢えるかなぁ。ど、どうしよう、憧れのエレナサマに逢えるなんてすごい緊張する……!」


 マオにいつまでもベタベタするメルルと、エレナへの想いを馳せて陶酔するルウ。

 何とも締りのない面子にマオだけが周囲へ警戒を続けていた。


(何が厄介かって、森人エルフじゃねぇ……闇森人ダークエルフの方だ)


 マオが危惧する森人エルフ闇森人ダークエルフはかれこれ何百年も戦争を続けている。

 元々は同じ森人エルフ。では何故彼らが分岐に至ったのか。これは〈創世神〉も予期せぬ出来事であった。

 森人エルフは自然と共に生き基本争いは好まない。しかしその均衡を先に破ったのは自然を破壊し自国の発展に注視した人間族ヒューマンだと言う。

 最初は2種族の中で何か争いが発生した訳では無いのだが、根強い自然愛護者と改革派の人間族ヒューマンとの間で小競り合いが勃発。

 魔法は詠唱時間を要する為、その一瞬の隙に数名の森人エルフが捉えられた。


 同胞を捉え研究材料とした人間族ヒューマンへの憎しみは募り、ついに森人エルフは自らの血を魔物との契約材料とし、異界から魔物を呼び出したり、己の肉体、魔力を強化する【呪術】へと手を伸ばしたのだ。


(そして──厄介なのが【召喚術】。じっちゃんの記憶によるとあれはかなり危険だ)


「ダーリン? 難しい顔してどうしたのよぉ」

「……お前は人魚マーメイドの癖に平和だな。少しくらいこの危ない森に危機感持てよ」

「んふっ。バリバリ持ってるわよ、ホラ」


 メルルは胸元から折り紙のようなもので作られた人型を取り出した。亀とは違う召喚なのだろう。


「お前は暑苦しいから苦手なんだが、魔法戦になったら頼りにしてるからな」

「あらん、やっと私の必要性が理解出来たようね。任せなさい、私の魔力だって森人エルフに負けないわよ」




 ──────



 小高い丘に立つピンク色のポニーテールの女性は隣国に蔓延る黒い巨大な魔力城壁を見て、その美しい顔を歪めていた。


「エレナ様」


 副官はエレナの後ろに膝をつき手短に厳しすぎる現状を告げた。


「先発隊は既に殺られたようです。彼奴ら、まさか悪魔まで……」

「こればかりは嘆いても仕方ない。こうなる事はイリアが予測していただろう?」


 先発隊の森人エルフは50名弱。誰しも魔法、弓、剣に強い選りすぐりの戦士達。──それでも、悪魔と既に契約を交わしている闇森人ダークエルフの前では手も足も出ないのが現状だった。

 元々が同じ種族なだけに、互いの弱点も熟知している。

 彼らは音に敏感なのだ。普通の者には聞く事すら困難な“怪音波“を出す魔物を放つ事で彼らの指揮系統はいとも簡単に乱れてしまう。


「厄介な【呪術】で城を囲っているみたいだ。さてどう攻めるか──」


 相手は敵味方の判別が無く全てを糧とする畜生を召喚する。

 さらに、拠点を覆い尽くす黒い魔法の壁。その材質を確かめたかったのだが先発隊は全滅。これでは悪戯に仲間を犠牲にするだけであり、迂闊に攻めるのは厳しい状況であった。

 闇森人ダークエルフとなった元同胞らは常に【呪術】と【召喚】の研究をしているので、召喚士と呼ばれる血の盟約を交わしたものならば何であろうと寄せ付けない魔法障壁を張る事は動作もないだろう。


「エレナ様、小人族ドワーフらがこちらに向かっているようです」


 副官が耳をヒクつかせ、周囲を散策している3つの気配を探っていた。相手に敵意があれば先に始末する必要があるからだ。しかしそれをエレナはやんわりと止めた。


「……ふん、どうせイリアに頼まれて来たのだろう。アイツら如きにリーシュの身代わりが出来るわけが無い」

「では、早々に追い返しましょうか?」


 隣に立つ副官が背中の矢に手を当てたところでエレナが笑みを浮かべそれを制止した。


「いや、久しぶりの獲物だ。もしもアイツらが希望になり得るのであれば」


 エレナの期待に副官は眉を顰めた。


「しかし小人族ドワーフ狼人族ウェアウルフに足のついた人魚マーメイドと異種組み合わせですが……」

「ああ、それこそイリアが精霊石を託した種族であろう。アイツらが束になって私と同等くらいの戦力を有していれば、あのシャルムを奪還出来る可能性もある」


 2人は下に広がる巨大な森をぎゃあぎゃあと騒ぎながら、そこが敵陣である事も忘れ緊張感の欠片もなく歩く3種族を見下ろしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る