第32話 精霊石の担い手


『──よく戻りましたメルル。ですが、旅人に手を挙げるのは良くない事ですよ』

「わわっ! 女神像が喋った!?」


 メルルが手にしていた女神像は光を帯びたまま声を出していた。勿論像そのままは全く動かない。


「でもでもぉ、ミラルダ様〜、知らないとは言えこの小人族ドワーフは像を盗もうと……」

『それはあくまで貴方の主観ではないですか?』

「うぐっ……」


 図星を突かれたメルルはギクリと顔を強ばらせ言葉を止めた。

 女王は想像とは異なる姿ではあったが、多分ルウ達がヌヴェールに入った時からの状態を見ていたのだろう。穏やかな声音でメルルを諭していたが、逆にそれが怖い。

 騒がしいメルルも下を向いて唇を尖らせたまま黙り込んでいる。


「あの、ミラルダサマって方ですか? アタシはドワーフのルウです。イリアサマの勅命で、精霊石を……」


 メルルから女神像をそっと受け取り、ルウはニコニコといつもの調子で話しかけた。自分より小さい媒体が存在する事に感動を覚えていた。喋る女神像というだけで新しい発見のような気がする。

 ところが、ルウが最後まで言い切る前に再び女神像が白い光を放った。


『分かっております。小人族ドワーフ狼人族ウェアウルフ、そして人魚マーメイド。ついに3種族が揃ったのですね、水の精霊石は貴方にお渡しします。代わりにどうか、半魚人サハギンの変異を解く方法を探して欲しいのです』

「やっぱり、アレは変異だったんだ……」

『最近の半魚人サハギンは今までと明らかに違います。このままでは彼らの毒で世界中の水が毒されるでしょう』

「──だから、私達はミラルダ様の力で人間族ヒューマンの足を得て陸地を確認していたってワケ。それでも、半魚人サハギン達の方が強くて殆どの仲間があいつらに捕まったわ」


 突然メルルが口を開いた。両腕を組み、先程の半魚人サハギンを思い出してかその表情は硬い。


「そ、そんな……助ける方法は?」

「あいつらは突然出てきて、そして突然消える。私達が水のある場所で生活出来るように、あいつらも何処でも生活出来るから拠点が分からないのよ」


 メルルの説明にルウは項垂れた。確かに何処でも生活出来る利点はポイントを絞りにくいので、3人揃った所で捜すのは難航しそうだった。ましてメルル以外は海底散策が出来ない。


小人族ドワーフの少女ルウよ、イリア様の御加護のある貴方に全てを託します。今後も続く旅の最中でもし半魚人サハギンを見つけたらどうか──彼らを助けて下さい』

「助ける? 倒すんじゃなくてですか??」

『彼らは我々と同じく水と共に生きる者。誰かに操られてああなったのは理解しております。私は本体を水の大神殿に置いたままなのでアルカディア全土の水を清めるのには限界があります』

「えぇっ!? ミラルダサマって、この女神像がミラルダサマじゃないの!?」


 ルウの驚きにメルルは盛大な溜息をついた。


「あんたって……本当に単純なのね、ミラルダ様は女神像から通信を送って下さっているのよ。女王は私達の水を守るべく水の大神殿に常にいらっしゃるの」

「ほええ〜。じゃあ、水の大神殿って所に行けばミラルダサマに逢えるの?」

「ダメよ! 絶対にダメ! あそこはアルカディアの最後の砦なの。誰であろうと入る事は赦されない!」


 珍しくメルルが語気を荒らげた。水の大神殿から清めた水をアルカディア全土に送り届けているのだ。

 全ての水が毒されてしまったら水なしでどの生物も生きる事は不可能。それこそ内部からのアルカディア崩壊なのだ。


『メルル──奥の女神像を此処に』

「畏まりました」


 ルウは女王の実体がここにないのに、どうやって水の精霊石を渡すのだろうかと疑問に思っていたが、その疑問は直ぐに解消されそうであった。

 小部屋にあったひとつだけ違う形の女神像を持ってきたメルルはそれをルウに不満そうな顔のまま渡した。


『ご苦労様。さあ、ルウ目を閉じて。貴方が何故精霊石を欲するか強く願いなさい』

「え、えっ……」


 言われるがままルウは瞳を閉じた。

 大好きな小人族ドワーフの仲間達が視界を過ぎる。そして人間族ヒューマンのディオギスとレノア。彼の受けた傷は大丈夫だろうか……。

 次に狼人族ウェアウルフの長老イオ。締まりない言葉で別れてしまったのが後悔だが、彼が命を賭けてマオを救ってくれた事は決して忘れない。

 そして人魚マーメイドと対する半魚人サハギン


「アタシは……アタシは、早く精霊石を集めて、セラフクライムを復活させるんです……!」


 この異形いぎょうが蔓延るアルカディアを早く救う為に。

 その願いが通じたのか、女神像はさらに白く輝き、ひとつの小さな青い石へと変化した。


「ああっ……女神像がっ!」

『心配いりませんよ、私は水の大神殿に居ます。ルウよ、貴方は己の進む道を間違えてはいけませんよ。それが──精霊石を担う者の務めなのです』

「は、はいっ! 頑張ります!」


 まさか精霊石の担い手がそこまで難しい任務だとは想像していなかったルウは改めて面を引き締めた。ただグランがガードを完成させる為に必要だから各種族を巡るくらいの簡単な旅としか思っていなかったのだ。

 それぞれの精霊石を受け継いだ者が〈創世神〉から何か言われているのだろう。


「ありがとうございます、ミラルダサマ! サハギンも、マーメイドも、みんな助けられるように早くセラフクライムを復活させます!」


 ルウは決意を新たにヌヴェールを後にする。3人はミラルダの加護により、亀の偶像ではなく淡い光に包まれ、一気に地上への帰路を辿った。

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