第31話 不思議な像


「ほえぇ〜! ここがヌヴェール」


 全て白基調で造られた明らかに〈人工〉の建物が3人を出迎える。

 人魚マーメイドは単性生物と言われており男性は居ない。

 元々他者から鑑賞される事が主な種族なので、このような巨大な建物を作り上げる力は多分無い。

 外観がメタトロン帝国にあった貴族街の建物に何処と無く似ている所から、昔は人間族ヒューマンと協力していたのかも知れない。

 またはもっと遥か昔──半魚人サハギンと仲良く共存していた頃に建てたのか。


「おおおぉ〜!! 吸い込まれるう!?」

「おい、この泡まさかぶっ壊れねぇよな……!? こんなの聞いてねぇぞ!」

「ウフフ、大丈夫よぉ2人とも。神殿の入口に近づいたから偶像が自動速度を上げただけ。ヌヴェールは女の国。外敵から守る為に全てを飲み込む渦があるのよ。あまりタラタラしているとそこに吸い込まれる仕組みってワケ」


 自衛手段とはいえ自然の渦を改良し上手く使っているなと関心してしまう。

 泡になった偶像は迷う事無く神殿の中へと入ると少しずつ高度を下げ、大理石の床に降り立つとそこでパチンと弾けた。


「わぷっ」

「──っと、大丈夫かルウ」


 先に泡から降りたマオが次に泡から出てきたルウを両手でキャッチした。

 それが面白くないメルルはルウに対して厳しい目線を投げている。しかし神殿に入ったメルルは人魚の姿でも動けるので、もう理由をつけてマオに抱きつく事も出来ない。


「ほえぇ〜ホント凄いね。海底なのに空気があるし不思議な感じ」

「そうだな……普通に考えたらこんな海底に建物作った所で水圧にぶっ壊されるだろうからな」


 建物には等間隔で窓枠もはめ込まれており、見える景色は完全に海。見た事のない魚が優雅に泳いでいる。


「これが、女王様の力なのかな……って、ああマオごめん! 降りる!」

「ん? あぁ」


 ルウは慌ててマオに抱えられていた事を思い出しよいしょ、と大理石の床に足をつけた。

 少しだけ水のようなひんやりした感覚が気持ちいい。

 元々水は好きでは無いのだが、幻想的なものには興味が尽きないので、ルウは自分の苦手分野であることもすっかり忘れて建物に魅入っていた。


「そうよ、小人族ドワーフのくせにダーリンにいつまでくっついているのよ! 全く……」

「誰がお前のダーリンなんだよ。こいつはいつまで妄想に耽ってんだ……俺はそもそも魚に興味ねぇんだよ」


 魚に興味ねぇんだよ。

 メルルの頭の中にはエコーでマオの言葉が何度も響く。


「な、な……」


 明確に拒否されたメルルは自慢していた全てを否定され酷くショックを受けていた。

 マオが言っているのは食べ物の話なのだが、メルルは自分達の種族が嫌いと勘違いしたらしい。

 2人を先導する気力も完全に失せた彼女はジメジメと暗い空気を出しいじけていた。


「この私の美貌を持ってしても落とせないものがあると言うの……そんなの絶対に認めない」

「あのぉ……メルル?」

「今まで落とせなかったものがあって? 何が悪いのかしら、胸? それともこの体……? 狼人族ウェアウルフの好みって何」

「お〜い、メルルぅ?」


 何度ルウが呼びかけても全く反応がない。完全に自分の世界に入り込んでいるようだった。

 かと言ってこのような海底で放置されても2人は出る事が出来ない。元々ルウ達を呼んだ女王ミラルダを探す事にした。


「この神殿には何も無いんだね」

「そもそもここはあいつらの住処とは違うのかもな。人魚マーメイドって奴らは水さえあれば何処へでも移動できるし、定住してるワケじゃねぇのかもな」

「あちこち移動して生活するのって憧れるなあ〜。新しい土地で色々作って、また新しい発見があって、新しい出会い!」


 生まれてからずっと穴倉から出る事を赦されなかったルウにとって、違う種族に逢い色々な建物や文化を知る今が一番楽しい瞬間だ。

 当初の目的はかなり急がないといけないのだが、既に火の精霊石を手に入れた事で少し余裕が出ているのかも知れない。


「まぁ、〈創世神〉に呼ばれなかったら俺もルウに出会う事は無かったしなあ」

「マオが行き倒れてなかったらアタシもウェアウルフの所にいつまでも行けなかったよ」

「……仕方ねぇだろ。異形いぎょうのせいで狩りが大変になってたんだから」


 2人は出逢いの話を笑いながらした所で、通路にある女神像が淡い光を帯びている事に気がついた。


「なんだろう、この像? イリアサマの形してる」

人魚マーメイドは意外と〈創世神〉を崇拝してんのかもな? あちこちに像置いてあったぞ」


 最後に確認した小部屋には中央にぽつんと形の違う女神像が一体だけ置かれていたが、何も反応が無かったので結局収穫無しと最初のフロアに戻ってきた。

 ルウは改めて通路に置かれてあるイリアに似た女神像を見つめキラキラと瞳を輝かせた。


「これも、これも! 全部イリアサマに似てる! これ、ひとつ持って帰りたい……」


 大好きなイリアに似た女神像をひとつ手に取り頬を擦り寄せた。


「おいおい……それはやめとけ。後であの女に何言われるか分からねぇぞ」

「ちょ、ちょっとあんた達! ミラルダ様に何やってんのよ!!」

「えっ……?」


 やっと現実に戻ってきたメルルは2人を探していたらしい。ルウが女神像に頬を擦り寄せている様子を見て顔色を無くしていた。


「これだから小人族ドワーフはっ! その汚い手を離しなさい!」

「いだっ……!」


 全く知らなかったとは言え、確かに勝手に触ったのはこちらが悪い。ルウは魔法を放たれて赤くなった右手を擦りながらちぇっと残念そうに呟いた。


「はぁ……申し訳ございません、ミラルダ様」


 メルルはルウから奪い取った女神像を再び元の場所へ戻すと深々と頭を下げた。

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