第30話 ヌヴェールへ
「──だそうだ……ルウ」
もうどうにでもなれと言いたそうな顔でマオは完全に“無“になっていた。
戦いの時に見せる姿とは真逆で、されるがままの様子は確かに可愛く見える。
「ありがとうメルル! じゃあヌヴェールまでの案内よろしく」
ルウは
自分だけとんがっていた事を恥じたのか、メルルも照れくさそうに顔を背ける。
「ま、これはミラルダ様の伝言だし仕方ないわねぇ。とりあえずココから入るのは無理。東の湖から行くわよ」
「お、おいっ。俺にしがみつくな……!」
「んもう〜、いいじゃない。こういう時はレディをエスコートするものなのよ?」
「お前は足を戻して歩けるだろ、何時まで
確かに先程本来の姿に戻ったメルルに
「こっちの姿が本物なのよぉ。足はミラルダ様にもう一度お願いしないと無理〜。だからぁ、マオが私を抱いてくれてもいいのよ?」
「……しょうがねぇな。魚が陸で暮らせる訳ねぇし」
マオは不承不承な顔のままメルルをひょいと姫抱きした。嬉しそうにメルルは彼の首筋に手を回す。
「ウフフ、マオったらやっぱり優しいのね。そんな所も素敵よ、ダーリン」
「……あのなぁ、お前のトコの偉い奴に挨拶するまでだからな……! 誰がダーリンだ、誰がっ」
「挨拶だなんて……そんなに照れなくてもいいのよぉ〜。私のダーリンになんだからぁ」
「話にならねぇ……おいルウ、俺の後ろきちんと着いてこれるか?」
「うん、大丈夫だよ!」
マオがルウに対してだけ名前を呼び、時折穏やかな顔を見せる事にかなり嫉妬していたメルルはさらに強く抱きついた。
「お前なぁ、そんなにくっついたら邪魔でしょうがねぇんだよ!」
「いいじゃないのぉ〜、だってぇ私は今〈足〉が無いんだから陸じゃ動けないし〜」
完全に諦めモードのマオは大きく溜息をつき、それ以上反論する事を止めた。
メルルが指差す方向にマオが足を進め、ルウはその3歩後ろをぽてぽてついて行く状態が続く。
彼女の案内した場所は、開けた草原であり、緑の草木と苔で覆われた井戸らしきものが中央にひっそりと置かれていた。
「ねぇねぇ、あの井戸から入るの?」
「まさか。井戸はあくまで綺麗な水を出すための媒体よ」
メルルはマオから降りると自分の下に再び魔力の水を張った。そこで両手を合わせて五芒星の印を結ぶ。
何をしているのかルウとマオは顔を見合わせていたが、枯れかけている井戸から突然水が吹き出してきた。
吹き出た水はゼリーのように固まり、亀の形へと変わった。突然出現した二体の愛くるしい亀が真っ黒いつぶらな瞳でこちらを見つめている。
「か、可愛い……何これ?」
「この子は私の印術で出した偶像の一つ。見た目は亀と一緒ね。中に入ると呼吸出来るようにしているし、ヌヴェールまで一本道だから貴女くらい運べるわよ」
キュウ、と愛くるしい音で喉を鳴らした亀の偶像はルウに背中に乗るようぺたりと地面に這いつくばったていた。
「こ、こんな小さい子にアタシが乗ったら潰れちゃうよ……」
「あら、そんな心配要らないわ。偶像……って難しい事言っても伝わらないわね、要するにこの子の存在が魔法だから一切重さを感じないの」
「ほええ……メルルしゅごい……」
術に対して全く疎いルウはただただ説明と印術に対して感嘆した。
「じゃあ、俺はもう1匹の亀に……」
「あン、ダメよ。マオはぁ私と一緒に行くの」
再びメルルに拘束されたマオはやはり無理かと溜息をついた。しかし美人の
傍から見ると本当に羨ましい光景なのだが、女性に対して全く興味も免疫もないマオにはただの拷問でしかない。
「カメさんよろしくね」
ルウがにこりと亀の偶像に微笑むと、つぶらな瞳の偶像はその体を透明な泡へと変え、ルウをすっぽり包み込んだ。
「うわっ!? い、息が……!」
「言ったでしょ、きちんと中に入っても呼吸できるって」
「あ、ホントだ。確かにブクブク泡は出てるけど、空気がある。不思議! 面白い……!」
ルウが偶像の中で子供のように喜んでいる間に、もう一体の亀も同じく泡と化しマオとメルルを包み込んだ。
「ちょ……お前は人魚なんだから、カメは必要ねぇだろ! 何で俺にひっつくんだよ……」
「やぁねぇダーリン♪ 私の故郷に行くのだから、勿論一緒に決まってるじゃない。それに、私が先導しなきゃあの子が可哀想でしょ?」
「いや、全然関係ねぇだろ……カメが勝手に案内出来んだろ?」
「確かに偶像は案内までは完璧だけど、ミラルダ様の所へ行くのは私が居ないと無理よ?」
女王の名前を出されたらマオも文句は言えない。黙ってメルルにしがみつかれたまま、亀の偶像と共に水の中を深く潜っていく。
「ふぇ〜! 凄い。これ本当にどうなってるんだろう、ここはもう海底でしょ、この泡が弾けたら死んじゃうよね……」
どういう構造なのか一切不明だが、見た目とは関係なく丈夫な泡のお陰で水圧や圧迫感はない。
空気もしっかりあるのでここが海底であるという事を忘れてしまいそうだった。
「さぁ、もうすぐ着くわよ──ヌヴェールへようこそ」
ルウが海底の景色を楽しんでいる間に、亀の偶像は目的地へと到着した。
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