第28話 二面生

『ググ……オノデ……』

『自分の種族まで変えちまったお前はただのバカだ。力だけあっても欲しいモンは絶対に手に入らねぇよ』

『ナ、二──』

「でかしたわマオ……〈水爆〉っ!!」


メルルは美しい自分が過去最悪の汚点まで汚された事への怒りもたっぷりと込めた最大魔力をナイフへと放つ。


『グヘヘヘ……メルルゥ、ナニモキカナイ』

「あら、それはどうかしら。私をコケにした罪はお前が死んでも死んでも絶対に赦さない。クソが二度と生まれ変われないように分子レベルまで完全に消してやるわ……!」


(こ、怖い……マーメイドって、こんなに怖い種族なんだ……)


ルウは二面性の激しいメルルの言動に少しだけ恐怖を感じていた。

異形いぎょうと戦う時とはまた別の恐怖を感じる。それもメルルの外見はとても美しいのに想像を絶する凄まじい言動のせいかも知れないが──。


『グヘヘヘ、へへ、へ?』

『身体が壊れた事も気が付かないなんて……幸せな最期だな』


マオの皮肉も聞こえないまま、スライムは最後まで愉しそうに笑ったまま息絶えていた。

魔法の発動まで秒の間はあったものの、スライムは轟音と共に内部から爆発した。同時に発生した緑色の液体が雨のように降り注ぐ。

それには再度分裂するほどの物質量はなく、全て割れた地面に溶け込んでいった。


「お、終わった……?」


漸く静まり返った湖周辺に残ったのは、スライムが暴れた事で生じた地面の巨大な亀裂と緑色の液体で変色した湖。そして色々ありすぎてどっと疲れきった面々であった。


「はぁ……とりあえず礼を言うわ。私は人魚マーメイドのメルル。全然関係ない種族が一緒に居るなんてどういう事?」

「アタシはドワーフのルウ。こっちは……」

「マオぉ〜、私を助けてくれてありがとうっ!」


狼から狼人族ウェアウルフに戻ったマオを視界に捉えたメルルはすぐさま彼に抱きついた。


「お前……っその緑色の汚ぇ身体でベタベタしてくんじゃねぇ……!」

「あんっ、酷い……私だってあんな臭くて汚い所に押し込められたんだから、同情してくれてもいいじゃないのぉ……」


マオに全力で振り払われてもメルルは全く動じる様子を見せなかった。

彼女は自分に絶対的な自信を持っている。だからこそ、全く靡かないマオをどうしても振り向かせたいという異常な執着を見せていた。


「あのぉ……話しても、いい?」

「何よ、小人族ドワーフ


やっぱりマオと自分に対する態度の違いが怖い。メルルはルウがマオにとって特別な存在だと感じているのだろう。ルウに向けてくる目には嫉妬の炎が燃えていた。

つい、他に穏便な人魚マーメイドは居ないのかと考えてしまいたくなる。


「ア、アタシ達は〈創世神〉イリアサマの勅命で、マーメイドの持っている水の精霊石を探しに来たんだ」

「イリア、ですって──?」


何故かメルルは先程とは様子を一変し、眉を顰めるとかなり訝しげな表情をした。

人間族ヒューマン以外の各種族に精霊石は託されているので、彼女ももしかしたら人魚マーメイドの長からイリアの名前や精霊石について聞いているのかも知れない。


「えっと……水の精霊石がマーメイドの住んでいるヌヴェールにあるみたいなんだ。メルルは何か知らない?」

「ヌヴェールに案内出来ないわ。貴方達が敵でないという証拠は?」


メルルは突然態度を改め、マオからもスッと離れた。──だが彼女は全身が緑色の液体で汚れたままなのでクールに決めたつもりが、全く締まらない。


「ああもうっ最悪! ちょっと待ってなさい」


メルルは両手に魔力を蓄えると自分の身体全体に白い光を纏わせた。

彼女の不思議な魔力は先程まであった人間族ヒューマンの足を消し去り、本来の人魚マーメイドの姿へと戻った。

ただし本来の姿に戻ると陸の上では全く動けない為、割れた大地の上に自分の魔力で薄い水膜を張りその上に浮いている。

本来の姿に戻った事で彼女が浴びていた汚い緑色の液体は全て消えていた。

これでやっとまともに話が出来るとメルルは最初から仕切り直す。


「大体、穴倉から出ないハズの小人族ドワーフがどうしてこんなに元気に歩き回っているの? それに自給自足で集落周辺で狩りをして生活をしている狼人族ウェアウルフ。どう考えてもミスマッチでしょう?」

「だから、それはイリアサマからの勅命で……」

「イリアの名前を出した所で全く信用出来ないわ。そんなモノ、誰でも出せる名前よ」

「そ、そりゃ……そっか」


言われて反論する言葉が出ない。いくら自分達が勅命を受けたと言った所で実際に〈創世神〉に直面したのはルウのみ。

無条件に近い状態であっさり信用してくれた狼人族ウェアウルフ達が特殊なのだ。

信用したと言うよりも、彼らは元々強いので万が一ルウが嘘をついていたとしたら八つ裂きにするくらいの力は十分にある。

だが人魚マーメイドは違う。敵を自分の懐に万が一引き入れてしまっても、対応する手段に乏しいのだ。

メルルのように魔法を使う事は出来るが、接近戦になると致命的になる。


「えっと……どうしよう。水の精霊石がないとセラフクライムを復活させられないよ……」

「……お前、じっちゃんから受け取ったアレ出せよ」


もたもたしているルウを見かね、マオが助け舟を出した。


「そ、そうだ! これ! ウェアウルフの族長から預かってきたんだ。火の精霊石だよ」

「……ふぅん。それで?」

「ほぇ?」


それは完全に予想外の出来事だった。てっきり精霊石の現物を見たら納得してくれると思いきや、メルルはルウの翳した火の精霊石すら一切信用している様子を見せなかった。

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