第4章 水の精霊石を求めて

第24話 マーメイド


 人魚マーメイドの国ヌヴェールは大陸中央の湖の下にあると言われている。

 美しい声と類稀な美貌をもつ半人半魚の彼女らは、その血肉を食べると不老不死になれるという噂から他種族の乱獲にあい、絶滅の危機に追いやられた。

 それから彼女らは生活の場を海底に置いており、ここ数年は地上に上がり歌う姿すら見かけていない。

 とある者は既に人魚マーメイドは絶滅したのではないかと言う。


「マーメイドかぁ〜。綺麗なんだろうな〜いいな〜いいな〜」


 ルウはまだ見ぬ種族への想いを馳せた。人魚マーメイドに会う事が楽しみなルウとは対称的に、マオは少し困ったように眉を寄せていた。

 狼人族ウェアウルフは肉食であり、海や魚は無縁だ。

 例え上半身が人間族ヒューマンに近くとも、下半身が魚である不思議な生物が怖いのだ。

 彼もまだ人魚マーメイドを見た事がないので、ハッキリ言ってどんな状態で出てくるのか不安なのだろう。


「しらみ潰しっきゃねぇな。確か地図では一番デカいこの湖から攻めて……」

「ちょっと待って! マオ、なんかすごくいい匂いがする」


 ルウはキョロキョロと周囲を見渡し、花のような甘い香りのする方に足を進めた。


「食い物か? でもこの匂いは花に近いな」

「なんか、甘いいい匂いがするんだ。食べ物とは違うような」


 ルウは鼻をヒクつかせ、ガサガサと草木をかき分け進む。

 足を進める度に甘い香りは強くなってきた。魅惑の香りに少しだけ頭がぼんやりしてくる。


「うひゃあ!?」


 普通に歩いていたのにルウは凹凸のない地面で尻餅をついた。


「お前……何やってんだよ。起きれるか?」

「う、うん。なんかこの辺りヌルヌルベタベタする」

人魚マーメイドってのは、こんな汚ぇ汁出してんのか。益々魚ってモンが不気味だな……」


 ルウが転んだ地面は白い液体が散在しており、ヌルヌルしていた。

 確か絵本の一つに人魚マーメイドについて書かれていたものがある。その美しい姿と声で歌うと、周囲の者は心奪われ、草木ですら喜びに踊るとか。

 しかし目の前にあるヌルヌルした液体を放つ種族であればあまり綺麗とは言い難い。本と現実との違いにルウはしょんぼりと肩を落とした。


「ま、これを追っていくと目的地だろ? 行くか」


 海底のヌヴェールを探すのは容易ではない。偶然とは言え見つけた手がかりにマオはにっと微笑んだ。




 ──────



「ああもう! ほんっと気持ち悪い!」

「えっへっへっへ〜。つ〜か〜ま〜えた〜。もう逃がさないべ、メルルちゃあん〜」


 人魚マーメイドの女性は先程ルウが転んだ白いヌルヌルした液体を心底嫌そうに手で払っていた。

 ハート型の目で嬉しそうに踊っている半魚人サハギンを睨みつける。その姿を上から下まで見下ろし盛大な溜息を吐いた。


「はあぁ……どうせならイケメンの殿方に追い回されたいものだわ。何故私がこんな醜いケダモノに」

「ハヒハヒ〜!! メルルちゃん、オラは──」


 半魚人サハギンが踊る度に身体から白い液体がボタボタと落ちる。さらに両手にも粘度の高い白い液体をつけ、ジリジリと女性との距離を詰めていた。


「冗談じゃないわ。私はやっと陸の生活を手に入れたのよ……キショいケダモノの相手をしている時間なんて無いの!」

「アフウ……凛としてオラに説教するメルルちゃんも素敵だべぇ〜」


 半魚人サハギンの目が途端に獲物を狩るものへと変わった。口調とは明らかに違う様子にメルルは一瞬だけ目を見開いた。


「こらぁっ! オマエ何してるんだっ!」


 すかさずルウの木槌が今にもメルルに飛びかかろうとしていた半魚人サハギンの脳天に直撃した。

 彼はメルルしか見ていないので他の気配を感知しておらず、完全に油断していたのだろう。


「ぐ、ぐおぉ……お、おめェら何者だべ! オラとメルルちゃんの愛を邪魔するのは──許さない……!」


 よろける半魚人サハギンは硬質化した黒い鱗を持ち、手足は人間族ヒューマンに限りなく近い生物であった。

 しかし、ルウが見た事のある本の中ではもっと魚型に近い風貌のはずだ。そして話していた言葉も人間族ヒューマンに近い。


「あれがサハギン? なんか、想像と違う」

「オラとメルルちゃんは、これから愛の契をするんだべ! メルルちゃんは一生オラのモノになるんだべ」

「何が愛よ! あんたみたいなブサイクは死んでもお断りだわ」


 メルルは水晶のように綺麗な瞳を顰め、いーっと口を引き縛った。

 しかしそれは別の意味で半魚人サハギンを悦ばせるだけのようで、彼は恍惚の表情を浮かべ、黒い鱗から得体の知れぬ不気味なオーラを放ち左右に足をばたつかせた。


「ああ、メルルちゃんに怒られる……メルルちゃん、もっともっと怒って……」


 半魚人サハギンが動く事で大地がミシミシと音を立てる。ひび割れしていく土にメルルは眉を寄せた。


「ほんっと、マジキショ。ちょっと、そこの小人族ドワーフ手伝ってくれるかしら?」

「あ、ハイ!」


 快く返事をしたルウは綺麗なメルルの顔を見て頬を赤らめた。

 甘い香りの正体はどうやら彼女だったらしい。傍に立つだけでその独特な香りにクラクラする。


「キレイ……これが、マーメイド」

「あら? 小人族ドワーフにも私の美貌が分かるのね、それは光栄な事よ」

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