第23話 新たなる仲間


「マオ、生きてる?」


ルウは森の中に自生している薬草を嗅ぎ分け、それをペタペタとマオの右胸に貼り付けていた。

勿論、原始的な治療は殆ど意味を成しておらず、彼の体力も血も減る一方だ。

そして返事のないマオは閉眼したまま。それでも完全に心臓が止まっているわけではなく、彼は最小限の力で生命活動を維持していた。


森の半分以上が異形に破壊されてしまった今ならルウでも迷わずに入口まで戻れるだろう。

とは言え狼人族ウェアウルフを抱えて行くのは難しい。


「うぅ、マオ……嫌だよ、死んじゃやだよぉ……」


ポロポロと泣くルウの声に意識が戻ったのか、マオは苦しそうに一瞬呻いた。

うっすらと瞳を開き、力ない笑顔をルウに向ける。


「早く、行け……」

「嫌だ。マオも一緒」

「俺は……無理、だ。先に……」

「嫌だ。マオも一緒じゃないと行かない」


頑固なルウは一度決めたらテコでも動かない。

これは無意味な問答だとマオは再び瞳を閉じた。


「パオはガロンに戻れたのかな……」


先に逃がした狼人族ウェアウルフの少年を想い、ルウはふと顔を上げた。

何故か分からないが空が暗い。森は半壊しているので木々が邪魔している様子もないはず。


「えっ、えっ、えええ!?」


視界はさらに暗くなる。何かおかしいと思いきや、ルウの眼前に“手押し車“が迫ってきた。


「やばっ……マオ、ごめんよ」


咄嗟に動けないマオを引きずり移動する。

突然降ってきた手押し車も彼女らが下にいる事は分かっていたようで、途中から速度をかなり緩めていた。

……そもそも、手押し車なのに何故宙に浮いていたのか疑問が残る。

まさか新たな異形いぎょうの新技術かと思い、ルウはマオを木に横たわらせたまま木槌を握りしめた。


「……ふむぅ、やはり発育が足りんのぅ」

「こ、こ、この……」

「成育というのは種族によってこうまで異なるのかのぅ……もう少し時間があれば──」

「スケベジジイッ──!!」

「フゴッ」


手押し車から出てきたのはガロンへ救援を呼びに行ったパオではなく、長老のイオであった。

前回は彼にあちこち杖で触られるという不覚をとったが、今はルウを吟味する事に集中していたのか、かなり隙だらけであった。

彼は救援に来たハズなのだが、ルウは反射的にイオを殴りつけていた。女性と言え、小人族ドワーフの強烈なパンチにイオは吹き飛ぶ。


「や、ヤバ……あわわ、どうしよう。マオを助けてくれると思ったのに」


一気にざあっと顔が青ざめる。自分のせいでマオを救う手立てを失ったのだ。ところが今度は背中の方から元気なイオの声が聞こえてきた。


「ふぉ、ふぉ。まだまだ甘いのう。儂を倒せないようじゃ、この先はちぃと厳しいぞい」

「げぇっ……な、何で!? 今」


吹き飛ばしたのに、と飛ばしたイオらしきモノを見るが、そこにはただの太い木の棒が転がっている。瞬間で対象を変える写し身というものだろう。

イオと木の棒を交互に見ているルウをそのままに、イオはゆっくりと木陰のマオに寄り添った。


「手酷くやられたのぉ、マオや」


長老は杖の先端をマオの傷口にあてがい、聞いた事の無い発声で何か言葉を呟いた。


「う、うぅ……」

「ふむぅ。異形いぎょうの攻撃を受けると〈侵食〉されるか。ほれルウや」

「は、はい!」


突然名前を呼ばれてルウは背筋を伸ばして返事をする。いくらスケベジジイとは言え、彼は特殊な力を秘めている。


「イリア様からの言伝じゃ。〈セラフクライム〉で待つと」

「セラフ、クライム……」

『ガ──アアアッ!!』


杖の光とマオの身体は交互に違う色の光を放った。イオが〈侵食〉と言ったのはタオが突然自我を失い変わってしまった事なのだろうか。

ルウは治療をただ見守る事しか出来なかった。苦しみ悶えるマオの声を聞く度に胸が痛む。


「この老いぼれの命で済むならば安いものじゃ。ルウや、火の精霊石は侍女に預けておる。この世界を頼んだぞい」

「えっ──う、わぁっ!」


目も開けて居られない程の強い光に森全体が包まれた。そして暖かい光は少しずつ薄れていき、魔力残滓が消えた所で漸くルウは瞳を開く。

そこにイオの姿はなく、傷も全て塞がり眠るマオだけが残されていた。


「嘘だろ、何処に隠れたんだよ、また……アタシを騙そうとしてるんだよね!?」


しかし返事は無く、持ち主のない錫杖だけが寂しそうに転がっていた。




──────




ルウは何とか手押し車にマオを乗せ、ガロンへと戻ったが出迎えはなく、訪れた時とは全く違う空気に変わっていた。

そして全てを知っているすすり泣く侍女らにかける言葉が見つからないまま、火の精霊石を受け取った。


「これが1箇所に集まっていたら、長老は死ぬ事無かったのかな……?」

「精霊石が1箇所に集まって、そこに異形いぎょうが襲撃してきたら全部終わりだ。だからこうやって分散させたんだろ」


しょんぼりしているルウを元気づけるつもりなのか、復活したマオがぐしゃりと頭を撫でてきた。


「マオ……もう大丈夫なの?」

「おぅ。じっちゃんが命掛けてくれたんだからな。俺もお前の精霊石集め手伝ってやるよ」


先程まで死にかけていたと言うのに、イオが最後に使った魔法、他者に命を分け与える〈反魂の法〉はかなり強力であった。

お陰で今のマオは死にかけていた事が嘘のように身体は軽く、おまけにイオの持つ巨大な知識も継承していた。

本来であればマオが長となりガロンを立て直す事が先決なのだろうが、彼らは先にセラフクライムを復活させる事を望んだ。

異形いぎょうを始末しないと集落や森を復活させても意味が無いからだ。

地図が読めないルウに取って、一緒に精霊石集めを手伝ってくれるマオの存在は非常に頼もしい。


「えへへ、よろしくね。マオ!」

「お前には早くセラフクライム復活させてもらって、〈創世神〉に色々聞かないといけねぇからな」


2人はパチンとハイタッチすると次なる目的地を目指す──。

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