第22話 届け、願いよ


『ィ、ヒヒヒ──』

「こんにゃろおお……!」


余裕そうにケラケラ笑う機械混じりの音にイライラする。

もう一度木槌を振り上げ、マオの胸を貫いたままの胴体と腕らしき部分を強く殴りつけたがやはり手応えはない。

しかし思った以上に異形いぎょうは数メートル先まで吹き飛んだ。


「このまま殴ったら……いける!」


もう一度槌をしっかり握り直し、吹き飛んだ異形いぎょうの目の前まで走る。


『イヒ、イヒ……ヒ』


カタカタとそれは動くとまだ残っている赤い翼を大きく広げ、突風を巻き起こした。


「いだだだだっ……なに、こいつぅ……!」


目に砂埃が入り込む。ルウは何とか片目だけで視認しようとしていたが、霞んで何も見えなくなっていた。


「もう居ない……何なんだよっ!」


仕留められなかった事よりも、地面に転がったままのマオに駆け寄る。


「マオ! マオ、血が……!」

「くそ……っ、油断した……ルウ、じっちゃんにここの“始末“を頼んでくれ」


始末というのは森諸共潰すという意味なのか、それとも異形いぎょうの攻撃を受けた自分もタオと同じ道を辿るから始末しろと言うのか。

どちらもルウにとって選択肢に入っていなかった。


「そうだ……確か、薬が」


レノアから貰った布袋の中身を探る。種族が違えど出血を止める布生地と包帯、そして簡単な止血剤が入っていた。

治療魔法を持たないルウは近場のまだ生きている薬草を潰し、薬と共に混ぜてマオの口に入れて無理矢理飲ませた。


右胸は貫通。辛うじて急所は外していたが、出血が全く止まらない。

先程まで力なく笑っていたマオもついに意識を手放した。


「誰か、誰か助けて……イリアサマ、リーシュサマ!!」


絶望の中祈りを捧げる。彼女の祈りは〈創世神〉ではなく、全く違う所へ届いていた。




────────




森の空気ががらりと変わった。ガロンの長老は長く閉眼していた両眼をゆっくりと見開いた。


「長老、お目覚めですか! 良かった」

「もしやタオ様、マオ様、パオ様に何か……?」


矢継ぎ早に質問してくる従者の娘2人を手で制し、長老はゆっくりと歩を進め、テントの奥にある鏡の前に座った。


「ふぉ、ふぉ……やはり長生きはするもんじゃのう」

「長老……?」

「ちと術を使うでのう。一旦主らはテントから出てくれまいか?」

「畏まりました、どうぞお気をつけて……」


長老が行動するのは〈創世神〉からの信託がある時だ。雑念や他の気配があると術の集中が途切れてしまう。


「〈創世神〉イリアよ、我が血の契約にて再度現界を」


長老は己の左手首にそっとナイフをあてがった。その下にグラスのようなものが置かれており、そこへ血が滴り落ちていく。

〈創世神〉を安易に呼び出す事は例えどのような種族であれ勿論出来ない。

彼女を一時的に呼び、信託を聴く為に何かしらの供物が必要なのだ。

彼ら狼人族ウェアウルフの場合は短命の為魂や命を掛ける事は出来ず、少量の血を捧げている。


グラスが半分程満ち足りた所で、長老の住むテントの中だけ激しく揺れた。周囲が強力な魔力の壁にに覆われる。


「儂の代でイリア様にお逢いする事が叶うとは……長生きはするもんじゃのう」


長老の目の前には見慣れない紋章の入った白い布地を羽織った碧眼の少女が立っていた。


『イオ、私を呼んでくれてありがとう! 実はねぇ、ルウ達が大変なんだ』

「やはり……儂の可愛い同胞の事でしたか」


長い時間現界出来ないイリアは困ったように眉を寄せ、イオと呼ばれた狼人族ウェアウルフの長老に一つ小瓶を差し出した。


『これはね、昔私と一緒に戦った森人エルフの魔力が込められているものなの。貴方なら使いこなせるはず』

「御意に……」

『あとね! ルウによろしく言っておいて。私は〈セラフクライム〉で待っている』


イオは驚いたように一瞬だけ眉を動かした。〈創世神〉はあまり他種族に肩入れはしない。彼女にとってあの小人族ドワーフの少女は特殊なのだろうか。


『あんっ、もう時間だわ……じゃあね、イオ。子供達を救って──』


イリアの残像らしきものは軽く両手を振ると完全に消えてしまった。

テントの中に充満していた魔力の壁も消え、イオの血が入ったグラスも音もなく割れた。

しかし今のイリアが幻でなかった事を示すように、イオの手には森人エルフの魔力が込められた小瓶が握られていた。


「ふむ……急ぐとするか」


長老がゆっくりと腰を上げ、背後を振り返るとテントの入口では何か小競り合いが起きているようであった。


「パオ様! 今長老は術の途中で──」

「それどころじゃないんだ、じっちゃん、タオにぃが! マオにぃがっ……!!」


息も絶え絶えで戻ってきたパオの発言は誰も理解出来ず顔を見合わせるのみだ。

信託を聴き全てを悟ったイオは可愛い孫の頭をそっと撫でた。


「ふぉ、ふぉ。よう戻ったのぉパオ。急ですまんがマオ達に遭わねばならん。お前達、儂が迷いの森まで行く準備を頼む」

「畏まりました!」


長老の言葉に2人の侍女達はバタバタと荷造りを始めた。

元々長老からこの命令があった際に何を持っていくのか指示されていたのだろう。詳細を聞き返す事無く手早く荷物を纏めていく。

その様子を眺め、パオは不安そうにイオを見上げた。


「じっちゃん……タオにぃは……マオにぃも助かる、よね……?」

「ふぉ、ふぉ。可愛い同胞を見殺しにはせぬよ。ただのぉ、パオはここで皆が戻るまで休んでおれ。少しだけ森が慌ただしくなるからのぉ……」

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