第21話 VS変異異形


『タオ相手に時間稼ぎは厳しい。お前の木槌は当たらない』

「ちょっとヒドイじゃない。アタシだって……!」

狼人族ウェアウルフを舐めるな。お前の息の根など一瞬で止められる』


 ルウは黙って生唾を飲み込んだ。確かに今回の異形いぎょうの攻撃は激しく、全く軌道が読めない。

 それでも何か策があるのか、マオは目を細めて笑っていた。


『俺とタオ、パオは小さい時からじっちゃんの下で修行してきた。例え姿が変わろうともあいつの癖は変わらない』

「そんなの分かるの?」

『ああ。問題ない』


 多分タオは気づいていない。本人ですら知らない癖も長年共に修行に励み、狩りに行く事で熟知していた。


『……いいか、チャンスは一度きりだ。タオは4回噛みつきをした後、左側に一瞬大きな隙が出来るからそこで首を思い切り“殴れ“」


 切れではなく殴れと言われた事にまだ同族に対しての躊躇いがあるのかと感じたが、どうやらそれが作戦らしい。


『頭を潰しても再生される可能性があるから、共通弱点である首を完全にへし折ってやれば』

「で、出来るかな、アタシにそんな高度な事……」

『お前しかやれねぇんだ。じゃないと死ぬぞ』


 死ぬ。しかも、チャンスは一度きり。


『ちっ……もう追いついて来たか。ちと中に戻るぞ』


 このまま森の入口で待機していても、集落まで被害が及ぶのは時間の問題。

 一旦森の中枢までマオの背中に乗ったまま戻った。


『飛ぶぞ』

「ひゃあ!?」


 マオは一番高い木の枝に飛び乗った。異形いぎょうに変わったタオは狼人族ウェアウルフのように高く飛ぶことは出来ない。

 流石にここまでは飛べないだろうと安堵したのも束の間。


『マジかよ……』


 時間経過で異形いぎょうは進化するのか、耳障りな機械の音を放った。


『ぐうぅう……痛ぇ、この音……』

「マオ、大丈夫……?! 耳押さえておくよ」


 タオであった異形いぎょうはもはや狼人族ウェアウルフの名残は残されていなかった。

 獣の硬質化した毛はそのままであったが、背中部分が縦に割られ、中から真紅の翼が出現した。

 血のような色はとても綺麗とは言い難い。

 それは見ていると不気味さに気分が悪くなる程赤く、所々に黒い斑点のようなものも見える た。

 そして、次々に背中から出現した形の違う6枚の翼。

 白と赤で構成された異形いぎょうはまるで地獄から舞い降りた使者のようだ。


『しかしアイツも飛べるのは厄介だな……それでも、根っこは変わらない。いいか、あと3回死ぬ気で躱すぞ!』

「ひえぇぇ……高い、怖いぃぃ……!」


 ルウとて高い所は得意ではない。今もマオにしがみついているのがやっとの状態なのだ。

 これがあと3回続くと聞いただけで寿命が縮む。

 ──それでも、やるしかない。

 ルウは上下に激しく揺れるマオのジャンプに耐え、不安と恐怖から込み上げる吐き気を飲み込みとにかく異形の動きだけに注視した。


 2回目は地面を這いずり、硬質化した毛を針のように飛ばしてきたが、マオが左右に身体を揺さぶり回避。

 3回目は歪な翼を広げ、空へ飛んでマオの俊敏な動きを確認しようとしていた。

 それも見越してか、敵に追跡されないよう彼はまだ残っていた低い木の間を上手く縫い、上空から降り注ぐ針の雨を回避。

 そして──4回目。異形いぎょうはゆっくりと大地に降り立ち、固まったように動きを止めた。

 また何か違う攻撃がくるのかと2人は面を引き締めた。


『マ、オ……』


 それは奇跡の光景だった。一度異形いぎょうになった者が再び言葉を話せる事など無い。

 異形いぎょうに喰らいつくされた者は元の人格だけではなく、思考や記憶全てが【無】になると言われている。

 ただし、元の格の持つ〈無意識に発生する癖〉だけは直せない。マオはそこに賭けたのだ。


(でも、メタトロン帝国のアレは……)


 ルウは記憶を辿った。ディオギスを襲ったあの女性は既に変異していたが、確かに最初普通に話をしていた気がする。

 本当に今目の前にいるタオは、異形いぎょうに喰われる前の意志が残っているのだろうか──?


『マオ……俺を──殺して……』

『何やってんだよタオ……早く、こっちに戻って来いよ』


 考えているルウを背中から下ろし、マオは狼から狼人族ウェアウルフへと姿を戻した。

 異形いぎょうも完全に動きを止めており、不愉快な機械音も聞こえて来ない。

 地面は灰色に染まったが、灰色の雨は降り注いでいなかった。それも前回と状況が違う。


(大丈夫、なのかな……)


 警戒を解いたマオとは対称的に、ルウは胸騒ぎが取れないでいた。

 異形から本来の姿に元に戻る事なんてあっただろうか?


 完全に無防備になっていたマオがタオに向けて手を伸ばした瞬間、ドスッと貫く鈍い音が聞こえた。

 右胸に異形いぎょうの腕なのか白い長いものが埋め込まれている。


「くっ──?」


 断続的に続く激しい痛みに一気に意識を持っていかれそうになったが、マオはめりこんでいる腕らしきものを両腕で鷲掴みした。


『イヒ、イヒヒヒヒヒ──ヒヒ!』

『ルウ! このまま殺れ!』


 狂った声で発狂するタオ。やはり彼は既に崩壊していた。

 そして初めてマオに名前を呼ばれた事に驚くよりも、ルウは無意識に身体を先に動かしていた。

 彼女の木槌は異形いぎょうの首部分にヒットし、そのままボールを弾くように首部分を吹き飛ばした。

 気味の悪い事に手応えというものがなく、まるで紙を飛ばしたような感触だった。

 しかも、胴体と首が離れた状態でもまだ動けるのか異形いぎょうは不気味な声と機械の入り交じった音で笑い、黒い液体をボタボタと零す。

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