第20話 変異


 マオは鼻を頼りに同胞の痕跡を探しゆっくり歩を進めていた。

 妖精の魔力なのか、次第に白い霧のようなものが濃くなったように感じる。


「──け、て」

「この声は、パオか!」


 マオの耳が仲間の声を聞き分け、ヒクヒクと動く。

 途中の分かれ道を右に進み、足を阻む木々をガサガサかき分けると、頭を抱えている狼人族ウェアウルフの少年がうずくまっていた。

 何か恐ろしい出来事でもあったのか、足は震え耳も下に垂れ下がっている。


「──おいパオ、何があった。タオは何処だ?」


 一瞬マオだと認識しなかったパオはヒィ! と大きな声を上げたが、同族の姿に安堵しヘナヘナと座り込んだ。


「マ、マオにぃ、タオにぃが……早く、早くタオにぃを助けて……」


 一体この森で何が起きたのか。2人は顔を見合わせパオの置かれた状況を再確認する前に、森がざわめいた。

 鳥達は一斉に空へと飛び立ち、不気味な違う鳴き声が聞こえる。

 それは鳥のものでも妖精でもなく、狼人族ウェアウルフと機械の入り交じった咆哮に近いものであった。


「なんだ、この変な音。耳が痛え……!」


 マオは超音波のような機械の音がかなり苦手のようだった。両耳を伏せて悶えている。


「タオにぃが……近づいてくる」

「どういう事?」


 マオは音でかなりダメージを受けていたが、パオは何か知っているようで青ざめた表情のまま震えていた。


『マ、オ……お前で良かった』


 3人は異形いぎょうが来るかと身構えたが林の奥から出てきたのは白く光る狼であった。

 だが、ただの狼ではない。その身体の半分は黒い瘴気に覆われている。


「何があったタオ。お前程の手練が」

『俺を、殺してくれ……。狼の姿で理性を保っていたがもう持たない。俺は、誇りある狼人族ウェアウルフとして死にたいんだ』

「バカ野郎! じっちゃんに診てもらうぞ。何とかする方法があるはずだ。勝手に諦めんな!」


 マオが帰るぞと手を差し伸べてもタオは首を振り、ジリジリと後ろへ下がっていく。


『ダメだ──モウ……』


 既に狼の姿はなく、全身の毛並みは白い針のように硬質化した。

 さらにそれは意志を持った刃となり、周囲の木々を根こそぎ切り倒していく。


「ひ、ヒイイイ! タオにぃ……マオにぃ!」


(くそっ……パオは怯えて動けねぇ。流石に今のタオは理性がない。こいつを庇いながら戦うのは無理だ)


「マオは、パオをお願い……!」

「お前、何を……」


 ルウは真っ直ぐに異形いぎょうに変異したタオを見据えた。

 仲間同士が殺し合うなんて見たくない。ただそれだけの気持ちでルウは衝動的に動いていた。


「てりゃあああっ──!」


 素早い狼人族ウェアウルフにルウの攻撃は通じないが、今の動きなら捉えられる。

 ルウの渾身の一撃が硬質化した毛にヒットする。何となく手応えはあったが、見た目以上に硬い毛に弾かれてしまい反動で両手がジンジン痺れた。


「いてて……なんだあれめっちゃ硬い」

「おい、お前の木槌じゃ当たらないだろ」


 呆れたようにそう言われルウは唇を尖らせて反論した。


「じゃあどうするのさ! ここでみんな死んだらお終いだよ。アタシは嫌だ、オヤジは今も命を削ってガードを創っている。一秒でも早く、精霊石を届けるんだよ!」


 2人が言い争いをしている間に、再び硬質化した毛の刃が飛んできた。

 刃は思ったよりも少し長く、鞭のように不規則に動くそれを躱すだけでも必死だ。


「ちくしょう。一緒に地獄へ行くからな、タオ……!」


 本気の覚悟を見たマオは両手で頭を押さえ、すぐさま狼の姿へと変えた。そしてルウの前にちょこんと座る。


「マオ……」

『乗れ』


 まだ慌てふためいているパオを口に咥え、ルウを背中に乗せると高く飛び、反対側の木の枝へと飛び移った。

 その間、僅か数秒だった。

 次に放たれたタオの攻撃が周囲の地面をなぎ払い、周辺の木々諸共倒した。そして刃が当たった部分から灰色に変わり、土は煙を出して深く沈んでいった。

 マオの変身がもう少し遅ければ、3人ともこのまま土の下まで沈んでいただろう。

 異形いぎょうの攻撃を受けた特徴の1つである〈灰色に染まる土〉を見てルウはごくりと唾を飲み込んだ。


「マオにぃ! 怖い、怖いぃ……!!」


 同胞の変異を目の当たりにして完全に怯えているパオをどうにかしないと行けない。

 マオはとにかくパオを安全な所まで連れていく為、森の入口まで走った。

 速いと自慢していただけあり、マオは完全に変異を撒いていた。ゆっくりと入口の前でパオを下ろし、


『パオ、お前はじっちゃんにこの事を早く伝えて来い』

「で、でも……マオにぃは??」

『お前が居ると邪魔で戦えないんだ。ここはもう全部灰色になるだろう。だから行け!』

「そ、そんな……どうしたら……」


 オロオロするパオは再び泣き出し始めた。誇り高き戦闘民である狼人族ウェアウルフとは言え、彼はまだほんの子供なのだ。


「パオ、アンタが行かないと助けが来ないじゃない? 早く助けを呼んできて、アンタしか無理なんだよ!」

「うぅ……わ、分かった! すぐ戻ってくる!」


 ルウの説明で自分が必要とされていると感じたパオは慌てて集落の方へと走った。

 彼の姿が見えなくなったところでマオが笑う。


『驚いたな、なかなかいい説得だったぞ』

「だって、怖くてもマオと戦いたいと思ってる子をどうにかするにはアレしかないじゃん」


 別にパオが戦力外と言っている訳では無い。

 ただ、次の動きに悩んでいるマオをみて、どうにか彼を集落に戻せないか考えただけだ。

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