第19話 ガロン


 狼族ウェアウルフ達の住む集落はルウが登っていた山を超えた先の湿原と平地を開拓した所に位置していた。

 あのまま山登りを続けていたら一体何日かかったか。本当に偶然とは言え、マオに遭遇出来た事に感謝しかなかった。


 風を肌で感じる心地良さと、モフモフした毛並みが心地よく、山下りの途中で眠っていたらしい。どうやって山を降りたのか記憶にないし、彼にしがみついたまま寝ていたのに道中落ちなかったのも奇跡だ。


『ほら、ついたぞ』

「むにゃ、むにゃ……はっ!」


 いつまで寝ているんだと呆れ、ルウを背中から無理矢理振り落とし、狼人族ウェアウルフの姿へと戻した。


「うぅ……モフモフの方が可愛いのに……」

「何言ってるんだ。あの姿だと疲れるんだよ」

「ぶー」


 残念、と思いつつマオに続き集落──ガロンの中に足を進める。


 やはり小人族ドワーフが珍しいのか、チラチラと好奇の眼差しを向けられた。

 とは言え、人間族ヒューマンから受けた侮蔑めいたものではなく、単純な好奇心の色が強い。

 途中、ガロンの子供達が2人を取り囲んだ。皆小さな耳に尻尾がついており、子犬のように愛らしい。


「マオにぃ、マオにぃ!」

「オカエリ! それ食い物?」

「ほぇ!? アタシは食べても美味しくないんだからね!」


 しかし可愛い外見に反し、とんでもない事を言われてしまった。ルウは大声で自分は食べられないと猛アピールしたが、マオは訂正する事無く笑っているだけだ。


「デカい肉だなぁ〜どこが美味しいかな」

「あたち、皮がいい! 皮を食べると肌がツヤツヤになるって、じっちゃんが言ってたよぉ」

「ね、ね、マオにぃ早く食べようよ〜」


 多勢に無勢。しかも頼みの綱であるマオは全く止める気配すらない。子供達は目を輝かせて狩猟用の槍やナイフを手に持っていた。


「……あぁ、アタシはこんな所で狼人族ウェアウルフに食べられて終わっちゃうんだ……まだ何もしてないのに……オヤジぃ……」

「──良い子で待ってな、この“ほしにく“はじっちゃんに報告したら皆で食べような」

「はーい!!」


 覚悟を決めて瞳を閉じていたルウだが、マオの一声でパタパタと皆離れていった。


「あ、あれ……?」

「お前、チビ達に食べられたかったのか?」

「ち、違う! だって、アタシの周りを囲んでいたじゃない!?」

「バーカ。お前から美味そうな匂いがプンプンしてるからだろ。さっき俺に“ほしにく“くれただろ、あれだよ」


 全く恥ずかしい話であった。耳まで真っ赤になり、まだ先を歩くマオの後を続く。


 彼は少し大きめのテントの前で足を止め、薄布の先にいるであろう偉い狼人族ウェアウルフに対し深々と頭を下げた。


「おいじっちゃん、小人族ドワーフの客を連れてきたぜ」

「アタシはルウ! イリアサマからの勅命でここに来ました!」


 しかしテントの中から返答は無い。マオ曰く、長老は足腰弱っているので決まった時間の散歩以外外に出る事は無いという。


「珍しい。じっちゃん出かけてんのか?」

「ふむぅ……やはり小人族ドワーフは発育が足りんのぅ」

「な、な、な……」


 龍の刻印が彫られた杖を手にした老狼人族の男が杖でルウの身体をなぞっていた。


「何すんだよっ……この変態ジジイ!」


 咄嗟に拳を振り上げたものの、老体とは思えない速度で彼は瞬間移動した。

 彼はふむ、と一言だけ話しルウを品定めするように、


「火の精霊石は儂が預かっておる。交換条件としてひとつ頼まれ事をしてくれまいかの?」


 突然の依頼が舞い降りた。

 まだ何も話していないのだが、イリアの名前を出しただけで彼には全て繋がっているようだ。

 驚いたまま言葉を失っているルウの横に立つマオにチラリと視線を向け、


「マオや。同胞が消息を絶っておる。灰色の雨に、帝国では切り札の発動──お主は小人族ドワーフの令嬢と同胞の痕跡を探してくるのじゃ」

「あ、あの……長老さん!」


 要件のみ伝えテントのほうに踵を返した長老の背中に慌てて声をかける。


「なぁに分かっておるよ。お主は希望の担い手であると。〈創世神〉イリア様のご加護があらんことを」


 中の従者が調整しているのだろう。テントのカーテンが降り、長老は笑いながら中へと消えていった。


「んじゃ、さっさと行くとしますか」

「え? 一緒に行ってくれるの?」


 マオが付き添ってくれると考えていなかったようでルウは表情を明るくした。

 ガロンの東に位置する森は〈迷いの森〉と呼ばれ魔力濃度が濃い。

 どうやら悪戯好きの妖精がいるようで、幻覚を見せては入る者の方向感覚を狂わせる。

 狼人族ウェアウルフが此処を通過しても迷わないのは、彼らが目、耳、鼻共に優れているからだ。


 森に入った瞬間、ルウはクスクスと笑う声に惑わされていた。姿が見えない分不気味な感じがする。


「……ねぇ、なんか声が聞こえるよ?」

「悪戯好きの妖精が狙ってるんだろ。とりあえず俺から離れるなよ」


 見えないものが一番怖い。少しずつ増える笑い声のエコーに怯えるルウをそのままに、マオは気になった土を手に取り、鼻を擦りつけた。


「まだタオとパオの匂いが残ってる。あいつら何処に行ったんだ……?」


 迷いの森は狼人族ウェアウルフの庭みたいなものだ。山とは違い、抜けやすくなっているので、例えトラブルが発生したとしても消息不明になる事はほぼありえ無い。

 そしてまだ土に残る同胞の匂い。それは先程までこの辺りに彼らが居た事を示している。

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