第18話 マオ


 どんな種族であっても、美味しいものを食べると幸せになれる。それは小人族ドワーフでも狼人族ウェアウルフであっても変わらない。


「ふぃ〜、こんなに美味いもん食ったの久しぶりだ……レノアってのはもっと美味いんだよな、いつか食べてみてぇな〜」

「ん……? レノアは料理じゃないよ、これを作ったヒューマンだよ?」

「なんだ、食い物じゃねぇのか。残念……」


 少年はもっと美味しいものが食べられると思っていたようで尻尾を振っていたが、レノアが食べ物でないと漸く気づき、しゅんと項垂れた。


「アタシ、ドワーフのルウだよ。アンタはウェアウルフだよね?」

「ああ。俺はマオ。最近ここいらで地震が頻発して動物がよくわかんねぇ死に方してるから食い物に困っていたんだよ。助かった」

「アタシも旅のご飯しか受け取ってないから、そんなに助けられないけど……お願い、ウェアウルフの所まで案内して欲しいんだ!」


 マオにとって他種族──しかも穴倉から長年出ないと言われていた小人族ドワーフが不慣れな山登りをしている事が不信に繋がったのだろう。


「即答はしかねるな。俺達はデカい集落じゃねぇ。お前が敵じゃないって保証は?」

「ええっと……イリアサマからの勅命で、精霊石を集めないといけないんだ。それを持っているのが、ガロンの偉い人らしくて」

「精霊石だぁ?! お前……俺達の集落を滅ぼすつもりかよ!」


 先程とは一変、マオはルウから距離を取るといつでも噛み殺す勢いで八重歯を覗かせた。


「え、え?! 待って、そんなつもりないよ! セラフクライムを復活させるのに精霊石が必要だって言われたから……!」

「セラフクライム……」


 やはり魔を破壊する剣の名前は各種族に知れ渡っているのだろう。一瞬でマオは警戒を解いた。しかし表情はかなり暗い。


「もう昔に英雄は死んだ。それに、人間族ヒューマンの帝国も襲われたらしいじゃねぇか。こっちではバタバタと動物が死んでいる。どの種族もこのまま死ぬのは時間の問題だろ、〈創世神〉は俺達を見捨てたんだよ」

「っっっ……馬鹿野郎──!!」


 何も行動する前から全てを諦めたマオの発言にルウは衝動的に動いていた。

 身体は自然に前のめり、マオの腹に目掛けて渾身のパンチを繰り出していたのだ。

 大好きな英雄らの守ろうとした世界。それを足掻く事もなく諦めてたまるものか。

 そもそも、グランはルウが旅立ってから命懸けでガード創りに取り掛かっている。

 特に意図は無かったのだろうが、不用意な発言は大好きな父親の努力さえも無下にしているように感じられたのだ。


 ──とはいえ。


 身体は小さいとは言え、ルウは重い木槌を常に担いでいるので人間族ヒューマンよりも力は強い。

 一切加減無しの全力パンチに、マオは泡を吹いて意識を飛ばしていた。


「あちゃあ……ねぇねぇ、マオ起きて起きて」


 レノアに怪我をした人を揺するのはダメと言われたのもすっかり忘れ、泡を吹いたままのマオをガクガクと揺さぶった。

 打撲程度なので彼の意識は直ぐに戻ったが、ルウを忌々しく睨みつけている。


「お前……随分と……」

「あはは……ご、ゴメンよ。そんなつもりじゃ無かったんだ。とにかく、ガロンまで連れてって欲しいんだ」

「嫌だね。暴力小人族ドワーフなんて連れて帰ったらじっちゃんに何を言われるか……」


 ふいっと顔を背け、ルウから離れようとするマオ。此処でガロンへの貴重な手がかりを失いたくないルウは最後の手段に出た。


「待って!」


 ゴソゴソと布袋に手を入れ、いくつか別の食料を取り出した。また美味しそうな香りが鼻を擽る。


「これで手を打とうよ」

「おおおおお!! こ、これは、夢にまで見た“ほしにく“っっっっ!!」


 何かよく分からないが、肉を焙しただけのそれがマオ達にとって貴重な好物だったらしい。最初に食べ物に食らいついた時と同じく瞳をキラキラさせている。


「ガロンに……連れて行ってくれる?」

「いいぜ、俺の背中に乗りな。お前の鈍足だと3日はかかっちまうからな」


 恐る恐る訊ねるとマオは態度を一変させていた。ひとつのほしにくが集落の食事事情を救ってくれるらしい。

 このような事態まで考えて食べ物を入れてくれたのだろうか。先読みしたディオギスとレノアの配慮にルウは心から感謝した。

 しかし──。

 得意そうに指で背中を差したマオだが、どう見てもその背中に乗るのは難しい。


「乗れって言われても……」

「ん? あぁこの姿じゃ無理だな。待ってろ」


 マオは頭を両手で押え低い声で何かを唱えた。


『う、グ……ぁア!』


 両足に顔と同じ色のダークグレーの毛が生えてくる。そして二足歩行から、四足歩行の獣へと姿を変えた彼はルウの前にちょこんと伏せして座った。


「も、モフモフ!!」

『何だァ?!』


 急に抱きついてきたルウを狼の姿だと吹き飛ばす事が出来ない。マオは頬をスリスリされながらただ困惑していた。


「マオはこっちの方が可愛い! モフモフ!」

『俺らの真の姿を可愛いとは何だよ、いいからとっとと乗れ』

「わぁーい! モフモフ気持ちいい〜!」

『……変な奴。ちっと飛ばすから舌噛むなよ。俺らは普通の狼とは違う。お前、喋ると舌噛んで 死ぬからな』


 野生の狼自体はそこまで早くはないが、マオが自分で言ったように彼ら狼人族ウェアウルフは少し特殊である。

 本気で走ると他の種族の100倍以上速く走れ、持久力も小人族ドワーフと比べると高い。


「わ、わわわわっんぐっ……」


 マオが地面を蹴りあげたのを合図に、ルウは彼の毛並みにしがみついたまま口を閉ざした。

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