第3章 火の精霊石を求めて

第17話 ウェアウルフの少年


「はぁ……はぁ……」


 狼人族ウェアウルフの住む地がメタトロン北の山を超えた所にあるとは聞いていたが、標高1000mを超えているとは想像もしていなかった。

 人の足ですら何時間もかかるものが、ルウの身体ではここを一日で攻略する事は難しい。


「……何で、はぁ……はぁ……こんなに、遠い……所に住んでるんだよ〜!」


 大声で怒った所で山彦のように虚しく響くのみ。それでも今足を止める訳にはいかない。


 ディオギスを襲った変異という獣は明確に彼の命を狙っていた。そして人間族ヒューマンの中枢であるメタトロン帝国への襲撃。

 女性から完全に男性へと変わったあの獣と機械の入り乱れた声の主が何者か分からないが、また襲撃してくる可能性は高い。


「ふえぇ……これは、どうやって登るんだろう……?」


 垂直に近い巨大な土の壁が目の前に立ちはだかる。流石にクライミングは出来ないので、ルウは遠回りで登る方法にした。


「もう少し印つけてくれたらなあ……」


 性格なのかダグラスは豪快そのもの。印は山の位置しかついていなかったので、内部の分岐点はどちらに進むのが正解なのかよく分からない。

 山に慣れない者が灰色の雨でぬかるんだ場所を歩く事は命取りにも繋がる。

 林のように枝が多い場所を抜けてはまた同じような道に出てしまい、登っている感覚が無かった。今も土の壁を避けた事で辿り着いた三又の分岐点で立ち止まっている。


「う〜ん……どっちが正解なんだろう」

「──食い物の匂い」

「ん?」


 一瞬、何か聞こえたような気がして辺りを見回して見たが、生き物の気配はない。

 空耳かとルウはひとつ呼吸を整え、分岐点の真ん中を選び足を進めた。


「はぁ……はぁ……まだ、一番上に、着かないの……?」


 ルートは正解だったのか、見慣れない開けた場所に出た。同じ場所を何度も往復していたので少しずつ正しい道を身体が選ぶようになってきたらしい。


「つ、疲れたぁ〜! もうダメ、お腹空いた!」


 世界の危機なので、本来もっと急がないと行けない気持ちと、焦っても全然進まない足にイライラしつつ、ルウは気持ちの昂りを抑える為におやつを食べる事にした。


「疲れた時は甘いものに限る。ええと、これは何が出てくるんだろう?」


 特に説明らしい説明も無かったので、色々入っているとは言われたが、ルウが望む甘いものが出てくるとは限らない。

 今まで自給自足の自然と暮らす質素な生活をしていたのに、たった2日間でレノアの美味しいご飯とデザートに餌付けされてしまったルウの舌は甘いものの虜になっていた。


「甘いものが出てきますように……って、祈っても入れたのはレノアだから何が入っているのか分からないか?」


 しかしよく出来た布袋だと思わず感嘆してしまう。

 見た目は小さな袋なのに4次元になっているのか、手を入れても全く底に当たらない。

 さらに望むものがポンポンと出てくるのだ。 ディオギスの研究成果とは言え、一体どのような作りになっているのか想像も出来ない。


「うわあ〜! 美味しそう」


 思わず涎が出る。手を入れるだけで見た事のない色々な食べ物が出てきた。

 有難い事に、暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たいまま保存されていた。


「本当にこの中身って、どうなってるんだろう……?」


 やはり底の無い袋が気になる。ルウは好奇心から顔を入れて覗き込んだ。

 その一瞬の隙に、先程避けた崖の方から猛スピードで何かが駆け下りてくる。


「──その美味そうな食い物寄越せえぇぇ!!!」

「ふぇ……!?」


 何かが高速で近づいてくる気配に驚き、ルウは袋から慌てて顔を出したが、声の主である姿を全く捉える事が出来ない。


(ど、どうしよう。よく分からないけどすごく早い。このままじゃ食べられちゃう……)


「それを寄越せぇ!」

「ひいぃっ……アタシなんか食べてもゼッタイ美味しくないんだからっ!」


 咄嗟に頭を下げ身を庇った。

 何とも幸運な事に、背中に括りつけていた木槌に襲い来る黒い影が自ら衝突した。どうやら彼の方が勝手に自爆したらしい。


「ご、ぐぇ……」


 嗅いだ事の無い甘美な匂いに釣られ、完全に油断していたのだろう。黒い影は情けない声を出してその場に仰向けに倒れた。


「お、お腹、空いてたのかな……?」


 それ以上動く様子もない事を確認し、ルウは恐る恐る影に近づいた。

 それは狼と人の半分ずつを掛け合わせた種に見えた。ダークグレーの耳に、顔立ちは犬のような狼のような。

 木綿の軽服を着用しており、手足はディオギスらと同じ人間族ヒューマンに近い。

 多分、これが獣と人の狭間と言われた狼人族ウェアウルフなのだろう。


「おーい、大丈夫?」

「腹、減った……」


 ぽつりと呟かれた切実な言葉に、ルウは袋から出した料理を少年の前に差し出した。


「お前……それ、くれるのか?」

「うん。だってお腹空いてるんでしょ? アタシも食べるし」


 ルウの行動に少年は目を輝かせ、警戒は解かないまま皿に手を伸ばした。


「う、うめぇぇぇ! 何だコレ。どうなってるんだ!?」

「レノアは美味しいご飯作ってくれるから、美味しいに決まってるよ。メタトロンの飲食店も気になったけど、ゼッタイレノアが作った方が美味しいと思う」


 肉に齧り付いていた少年が美味しいという言葉に反応して顔を上げた。


「その、レノアって料理が美味いのか?」

「うん! ディオの弟子で凄く料理上手だよ」

「ふぅん、美味いレノアってのも食ってみてぇな」

「メタトロンに一緒に行ったら作って貰おう!」


 少年はレノアが料理の名前と勘違いしているのだが、ルウはそれに気づく様子もない。

 微妙にズレた会話のまま、不思議なランチタイムに突入していた。

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