第16話 決意新たに


「ディオ! ディオぉ!」

「お師匠様ぁ! お師匠様ぁ!」


意識を手放したディオギスを見て死んだと勘違いしたルウは慌てて彼を揺さぶった。


「はわわっ、ルウ様、怪我しているのに揺するのは絶対にダメですぅ! 安静第一にお願いしますぅ!」

「ディオ、死んじゃヤダよお……! お願い起きて」

「……おぃおぃ、チビちゃん2人が何時までもガタガタ泣いていたらコイツもゆっくり寝られねぇだろ」

「で、でも……!」


ダグラスは2人を軽々と持ち上げるとディオギスから強制的に引き剥がした。

先程は注視していなかったので気が付かなかったが、彼の着用している鎧はリーシュの所属していた部署、フレイアのものだ。

世界最強の軍団と謳われしフレイア。彼はディオギスを絶対に助けてくれる。そう直感したルウは頭を振り、泣くのをやめた。


「俺は現場大好きだから上の考える詳しい事は知らねえけど、小人族ドワーフが此処に居るっつー事は何か起きてるんだろ?」

「そ、そうだ。早くガロンに行かないと。イリアサマの勅命で、精霊石を集めるんだ」


ルウは手短に〈創世神〉のこと、自分の父親のこと、そして精霊石の事をダグラスに話した。


「ふむ、精霊石か……また面倒な事になりそうだな」

「アンタ……じゃない、ダグサマは精霊石について知っているの?」


元々メタトロン帝国まで足を伸ばしたのは空腹を満たす事と、長くなる旅の補給だけではない。

穴倉から出た事のないルウにとって外の世界は初。だからこそアルカディアという世界の成り立ちについてもっと知りたかったのだ。

しかし、全てを知るディオギスと殆ど話す事が出来ないままになってしまったので、正直今のルウだけで精霊石を集める事は厳しい。


「精霊石は上が研究してる奴だ。俺はそういう面倒なモンには関わらないから何も知らん」

「そ、そんなぁ……」


新たな助っ人から詳しい話しが聞けるかと思ったが、彼の戦線放棄発言にルウはがくりと項垂れた。


「……だがな、アルカディアのマップだけは頭に叩き込んである。ディオギスが持ってる地図を開きな」


勝手知ったる仲なのかディオギスがいつも地図を持ち歩いている事も知っているようだ。

ルウの代わりにレノアが眠っているディオギスの腰周りから血のついた地図を取り出した。


「いいか、ここから北に行くと山がある。それを降りたらガロンだ。そっから東に妖精の森、まあこっち経由でもガロンに行けなくはねえけど、道案内が居ないと妖精の森を抜けるのは無理だから正規ルートは山下りだ」

「はい……」


山と一言で言われてもルウは長距離を移動した事は無いので不安になる。

幸いルウの暮らしていた穴倉は山のように高い丘にあったので、寒い場所や空気が多少薄くても息苦しさはない。

地図が読めないルウの為に、ダグラスは印と地名、存在する種族まで明記してくれた。


「アイツは頭がいいからこれで困らないんだろうけど、俺にゃこんな点々しかない地図なんて使えねえよ」

「ダグサマは豪快なんですね!」

「ははっ! ダグ様なんて始めて呼ばれたな。そういやディオギスの事も略していたな。──こりゃあジジイ共が聞いたら面白い事になってただろうな」


豪快に笑い飛ばすダグラスの姿にリーシュを重ねる。憧れのフレイアの人物と会話が出来た事にルウはキラキラと瞳を輝かせた。

しかし何度も何度も彼の身につけている鎧を見ているうちに、ふと違和感に気がついた。


「あれ……でも、リーシュサマは確かブルーメタルの鎧だったような?」


ダグラスの身に付けている鎧はシンボルカラーでもある紅であった。メタトロン帝国において赤は希望と正義の象徴である。


「あぁ、噂の英雄様は“オリジナル”でな。赤が気に食わないという理由でてめえのだけ色を変えたらしいぞ」

「ほえぇ……そんな事が」


色が気に入らないという理由だけで鎧をリメイクしてしまう所も英雄らしいとルウは頬を綻ばせた。

もっとリーシュの話を聞きたい所であったが、ダグラスは急に面を引き締めた。


「もうちっと話してえ所なんだが、実はまだ城下町に6体の白い異形いぎょうが残っていてな。アレを倒すのは簡単なんだが、お偉いさんが結界砲の発動を決めたんだ」


あまり乗り気の作戦ではないのか、ダグラスは悔しそうに唇を噛み締めていた。


「結界砲って?」

「それが発動したら異形いぎょうを完全に始末しないと街にゃ入れねえ。まあ後は俺達が何とかするけどよ、お嬢ちゃんは大事な使命があるみてえだから早くここから出た方がいい」

「ルウ様ぁ……」


2人の会話を聞いていたレノアが困った顔で俯いていた。

彼女は先程ルウの旅に同行を命じられていたが、師匠が死にかけているのに一人にしたくないのが本音だろう。


「大丈夫だよレノア。精霊石集めたら帰ってくるから! また美味しいご飯作ってね」

「ルウ様ぁ〜! レノア、ルウ様の事大好きですぅ……! 今はお師匠様の治療に付き添いたいので、本当にごめんなさいぃ……」

「また化け物が出てきたら大変だもんね。すぐ出発するよ」

「あっ、ルウ様にこれを……」


レノアは一瞬下のフロアに降り、布製の袋を担いできた。見た目はかなり小ぶりだが中は異空間のように広い。


「これは、お師匠様が開発した無限袋なんですぅ。昨日からせっせと旅の準備で食料、水、お薬と必要そうな物は全部入れてありますぅ! だから、だから……」


最後の別れでもないのに、何故かレノアは再び泣き出した。ルウは身長の変わらない彼女の黒髪をよしよしと撫でる。


「うん、レノアありがとう! お腹が空いて倒れないか心配なだけで、後は何とかなるよ!」

「ルウ様ぁ、どうか……お気をつけてくださいぃ〜!」


布袋を受け取ったが、本当に色々入っているのか疑問に思うほど軽かった。大量の荷物を運べないルウにとってこの研究成果は有難い。

愛用の槌を背中に括りつけ、腰に布袋を縛るとダグラスとレノアに別れを告げた。


小人族ドワーフという小さな体にそぐわない重い使命を乗せ、彼女は第一目的である火の精霊石を目指す。

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