第15話 燃えるメタトロン
何が、起きたのだろう。
ルウはディオギスに強く抱きしめられていた。身動き出来ない程、強く。
ちらりと視線を下げると服にべったりと赤い血糊がついていた。驚き顔を上げると、敵を睨みつけているディオギスが一瞬だけ視線を下げ、ルウに向けてにこりと微笑んだ。
「ディオ……血、血が……血が!」
「良かった……寸で間に合いましたね」
ふっと拘束されていた腕の力が弱まった。慌ててルウが手を伸ばし、崩れかけたディオギスを支える。
『ハハハハハ! これが、氷の軍師だと笑わせる! 無能な
「果たしてそうでしょうか……? 足元は良く見るものですよ」
『──何だと?』
フンと視線を落とした瞬間、床から無数の氷の刃が出現した。それはただの氷刃ではなく、全てにディオギスの魔力が込められている。
氷は彼の魔力残滓で青いチェーンへと変わり獣の両腕に巻きついた。
「氷鋭斬」
詠唱と共に獣の両腕は見えない刃に切り落とされ、音もなく1階まで落下した。
傷口から黒い液体が溢れていたのでこのまま終わるかと思いきや、敵は全く痛がる様子もなく余裕の笑みを浮かべていた。
『再生能力を忘れたのか。貴様も死にかけて頭が回らなくなったなぁディオギス』
「いや……術は完成している。お前が再生する度に爆発するようにな」
『む……?』
ディオギスの言うように、獣が腕を再生した瞬間、白い煙と共に水爆が発生した。黒い液体と共に新しい腕が再び落下する。
獣はほぅ、と笑い8枚の羽を広げるとゆっくりと空へと上がった。
『これは面白い! 流石氷の軍師と言った所か。今日は可愛い小飼いに任せておくとしよう』
「待て……!」
ディオギスが再び右手から氷の刃を獣に向けたが、それは虚しく空を切った。
「がっ……は」
「お、お師匠様あっ……!」
「ディオ!」
何とか強がってはいたがディオギスはかなりの致命傷を受けている。
情けないと思いつつ2人に抱えられたまま屋根の上に仰向けに寝そべった。痛みを堪え肩でゆっくりと呼吸を繰り返し、貫かれた内蔵にそっと手を当てる。
臓器3つ程貫通。しかも深く抉られたようで治癒魔法をかけてもなかなか傷が塞がらない。
「レノア。貴方はルウさんの旅に付き添い、ガロンの
突然下された移動命令にレノアは落ち着かなく首を左右に振った。
「い、いやですぅ……! レノアは、レノアはずっとお師匠様と一緒に居ますぅ!」
ポロポロと涙を流し、横たわるディオギスから離れようとしない彼女を無下に引き剥がす事は出来ない。
「ルウさん……火の精霊石はガロンにあります。どうか……」
「わ、分かった。分かったから、ディオはもう喋らないで! 誰か、この血を止められないの!?」
ルウもディオギスの手の上にそっと自分のを重ねてみたが、全く傷が塞がる様子は無い。
親玉格の
「あんなのが何体も居たら……メタトロンが壊されちゃうよ」
「それは……問題ありません。我々
「おぉーい! ディオギス無事か!?」
残った
彼は魔法を使っていなかったので、ここまで跳躍だけで来たらしい。どう考えても人在らざる身体能力を持っているようだ。
「アンタ強いんだろ?! ディオを助けて! お願い……!」
いきなり飛んできた初対面の兵士に懇願するルウ。勿論こんな場所に
ルウがメタトロンに居る事はディオギスの所属のみ知られているが、それ以外にはまだ通達されていない。
「驚いた。まさか、
「そんな事よりもディオを……!」
「まぁまぁ、お嬢ちゃん、治療には順序があるんだよ。とりあえず、抱きついてるレノアちゃんはちっと退いてくれよ」
「ダグラス様ぁ……ありがとうございますぅ……」
レノアはゴシゴシと目を擦り、ディオギスからそっと離れた。彼女はこの兵士が何者なのか知っているらしい。
「まずは死の針を抜いて──っと」
「うぐっ……!」
間髪入れずダグラスと呼ばれた男はディオギスの傷口に右手を突っ込んだ。自分の腕が血塗れになるのもお構い無しにだ。
その一瞬で5センチ程の針を取り出し、2人の前に翳した。
「ほれ、これが死の針だ。こんなモン入れられてたらいつまでも治らんよ」
「ごほっ。ダグラス卿……感謝致します」
まさかの荒治療とは言え、抜群の効果であった。死の針が抜けた事で何とか意識を戻したが、既に満身創痍のディオギスは短く礼を述べるとダグラスの救援に安心しそのまま瞳を閉じた。
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