第11話 完璧過ぎる弟子


「はわわ〜!! 大失態ですうぅぅ!」

「な、何、何事!?」


 朝に弱いルウは隣で眠っていたレノアの大声に起こされた。

 てっきり魔物か何かが襲ってきたのかと思いきや、何と彼女はボロボロと隠す事無く涙を零していた。


「レ、レノア……?」

「はうぅ……お師匠様に叱られますぅ……どうしましょう。レノア、もうお勤め出来ません。かくなる上は──」

「ちょ、ちょっと! どこからそんな物騒な物を!」


 キッと表情を引き締めたレノアは懐から鋭い短剣を取り出して最後の遺言を残しているのか何かブツブツと呟いていた。


「待って、待って! なんかよく分からないんだけど! 何でレノアが腹切りしなきゃいけないの!?」

「だ、だってぇ……レノア、お勤めを遅刻してしたんですぅ。もう、死んでお詫びするしか」


 遅刻だけでいちいち腹を切っていたら命がいくらあっても足りないのではないか。

 それよりも、彼女が腹を切らないといけない程重大な何を忘れたのか。


「待って、早まらないで、とりあえずディオに謝ってみたら? ね、それからでも遅くないでしょ?」

「とんでもないですぅ! これ以上お師匠様にご迷惑をおかけするなら──やっぱりレノアは要らない子なんですぅ……!」

「わー! わー!」


 どう足掻いてもレノアの腹切りを止める事は出来なさそうな雰囲気になっていた。


「やめてー! 夢見が悪くなるっ! そ、そうだ、どうせ切るなら、ディオにきちんと経緯を報告しないとダメじゃない!? アタシの前でやっても仕方ないでしょ!?」


 苦肉の策でとんでもない事を言ったが、どうやらレノアにはしっかり通じたらしい。

 あと1秒遅かったら完全にあのナイフは彼女の腹を切り裂いていた。


「それは名案ですぅ。お師匠様に報告してから切腹しますぅ」

「そ、そうしよう、そうしよう……」


 思わず顔が引き攣ってしまう。彼女はディオギスの弟子と言われていたが、何故こうも行動と考え方が極端なのだろうか。

 冷静沈着なディオギスとは正反対に見える。だからこそ弟子なのか、小人族ドワーフの弟子関係しか知らないルウには2人の関係性はよく分からなかった。


「お、お師匠様……?」


 ルウに説得されたレノアは恐る恐る客間からリビングの方へ移動した。

 既に起きているディオギスは優雅にリクライニングチェアに腰掛け、ゆっくり新聞を読んでいた。


「おやルウさん、レノアおはよう。よく眠れたかい?」

「うん! フカフカのベッドなんて初めてで、ヒツジの毛にくるまってるみたいで気持ちよかったよ」

「あのぉ……お師匠様……」

「うん? どうしたんだい?」

「あのぉ……私、私……」


 大失態について理解していないルウはレノアが何で切腹しようとしているのか無言のまま見守った。


「私、お勤めに遅刻してしまいましたあぁぁ〜! かくなる上は切腹してお詫び致しますぅう〜!」

「だからっ、何でそんな極端なのよっ! ディオも何か言ってよ!」


 2人のやり取りをきょとんと見つめていたディオギスは珍しく声を上げて笑った。

 氷の軍師ヘイルの懐刀と呼ばれる程、彼はあまり大きく感情を出さない。

 それが、自分の弟子とコロコロ表情の変わるルウを見て面白いなと感じたらしい。


「ちょっと、何で笑ってるんだよ! レノアが腹切るって騒いで大変なんだよ、そもそも、何が悪くてダメなの?」

「失礼──レノアの失敗とは単純に私を起こすのが遅くなっただけなんですよ」

「……そ、それだけ……?」


 てっきり何か重大な会議や命に関わる何かやり取りがあるのかと思っていたルウは口を開けたまま硬直した。


「えぇ。それだけです。正直、完璧なレノアが遅刻をした事が嬉しく思います。それだけルウさんに気を赦したという事ですね」

「ダメなんですううぅ!! お師匠様を起こすのもお仕事なんですから! 職務怠慢は死刑ですぅ!」

「し、死刑……?」


 あまりにも過酷過ぎる罰にルウの表情は完全に固まった。たかが──と言うと彼女に対して失礼に当たるが、たった1回のミスすら許されないのだろうか。

 あまりにも完璧過ぎる人間族ヒューマンなのだろう。他人にも自分にも厳しいが故に、極端な結論へ突っ走ってしまう。それにブレーキをかけるのがきっとディオギスの仕事なのだ。


「レノア。ルウさんが怯えているじゃないですか。変な事は言うんじゃありませんよ」

「でもでもぉ……」

「これ以上拗らせるようでしたら……本当に怒りますよ?」


 最後の語尾は背筋が凍りつくような迫力があった。氷の軍師という異名は伊達ではないらしい。

 穏やかそうにしか見えないディオギスが本気で怒ったら多分怖い気がする。穏やかな人物程反対に傾いた時こそ、他者へ与える恐怖が増す。

 言われ続けているレノアはまだ返事をせずにモジモジしていた。


「ううぅ……」

「返事は?」

「分かりましたぁ……ではレノアマイナス10でお願いしますぅ……」

「分かりました。そしてもうひとつお願いがあるのです。レノアは本日もルウさんと行動を共にして貧民街の方に食事を提供してきて欲しいのです」

「貧民街?」


 突然ディオギスから与えられた司令にルウは小首を傾げた。

 一見繁栄した帝国であるメタトロンは貧富の差が激しい。

 昨日通りすがりであった貴婦人らは一番栄えている貴族街に住んでおり、その東と西にはそれぞれ人間族ヒューマン以外の住む土地と、貴族に虐げられている貧しい者達が肩を寄せあって生活をしている。


ヘイルの方に報告を入れないと行けないのです。お急ぎの所申し訳無いのですが、明日は必ずガロンへの道と旅のお手伝いをさせて頂きます」

「大丈夫だよ。だってレノアと居ると色々勉強になって楽しいし! 確かに急ぐけどアタシ一人じゃガロンまで行けないから大丈夫だよ」

「そう言って頂けると助かります。ではレノア頼みましたよ」


 ディオギスは再び転移魔法を使い、王宮の方へ飛び立っていった。

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