第10話 水は苦手


 レノアと呼ばれた少女の間延びした口調からは全く強そうな印象は感じない。

 だが、最初に見せた気配を消したり、先回りして料理を並べる動作。かなり人間離れした動きをしている。


「レノアって、何であんなに早く動けるの?」

「お師匠様に聞いて下さぁい〜」

「ねぇディオ、どうしてレノアってあんなに早いの? 何かコツでもあるの?」

「そうですねぇ……レノアは──」


 言いかけてディオギスは表情を引き締めた。彼と同じタイミングでレノアも壁に寄り添い外の気配を探っている。

 何が起きたのかとルウは魚を口に入れたまま2人を注視した。


「すみません、少し用事が出来ました。レノア、ルウさんを客間におもてなしして下さい」

「はぁい、お師匠様もお気をつけて!」


 ディオギスは食事を中座し再び白いローブを羽織った。どうやら城に呼ばれたらしい。

 彼一人であれば城までの転移魔法が使えるので一瞬で姿を消した。

 目の前で転移魔法を見たルウは再び興奮して瞳を輝かせた。


「ディオは凄いなぁ、魔法ってみんな使えるの? レノアも使える?」

「魔法は使えません〜。代わりに違う技術を教わりましたぁ」

「ほぇえ〜、アタシも使えるようになるかなあ? だって、今のままだと何も出来ないし……」


 ルウは小人族ドワーフでありながら【神槌】の技術どころか、普通の鍛治すら教わっていない。

〈創世神〉からの勅命だと喜び飛び出したものの、よく考えてみると自分にしか出来ない特技らしいものが無い。


「えぇとぉ〜上手く言えないんですがぁ〜ルウ様にはルウ様の良さがあると思いますぅ」

「えぇー? 何だろう。アタシ何も取り柄無いよ」


 笑いながら肉を口に運び都度幸せそうに頬を綻ばせるルウを見て、レノアは機械のような表情から口元に小さな笑みを浮かべた。


「お師匠様が〜このお家にぃ、誰かを連れてきたのはぁ、初めてなんですぅ〜」

「あ、もしかしてアタシが何処のお店も入れて貰えなかったから仕方なくかな? ごめんよ、アタシ、外の事って何も知らないし、全然何も考えてなかったから」


 自分の所為でとしょんぼりしたルウに慌ててレノアは両手を振った。


「違いますぅ! お師匠様はぁ、上手く言えないんですけどぉ、嫌いなものは嫌いなんです」

「?? どういう事?」

「えぇとぉ……お師匠様はぁ、嫌いなものは関わりませんし、絶対に家に嫌いなものは入れません。入ろうとしてもぉ、レノアが追い返しますぅ」


 とりあえずディオギスに嫌われている訳では無いと言いたいのだろう。

 何となくだが、レノアは伝えて良い言葉がある程度制約されているように見えた。

 身振り手振りで必死に嫌いなものアピールする様子に、ルウは笑いながら分かったよと彼女を止めた。


「ルウ様のお洋服はぁ、血が付いていたのでシミ抜きしておりますぅ。それまで、レノアの予備服でも良いですかぁ?」

「うん。タオルで過ごすのは辛いから、何でもいいから服貸して貰えると嬉しいな」

「はぁい♪」


 ニコニコ微笑みを浮かべたレノアが両手をパンパンと叩いた瞬間、ルウの身にまとっていたタオルはフリルエプロンのついた白黒メイド服に変わっていた。

 一瞬の出来事に、どうやって早着替えさせられたのか、何処から服を持ってきたのか物理的な問題に全く頭がついていかない。


「ルウ様、お似合いですぅ〜!」

「え、えへへ……そ、そうかな」


 まだ聞きたい事は山ほどあったが、褒められた事で照れてしまい、それ以上レノアを追及する事は出来なかった。

 山のようにあったプレートをほぼ一人で平らげたルウは満足そうに息を吐き出した。美味しいものを食べると何より幸せな気分になる。


「ルウ様、お風呂の準備が整ってますぅ〜」

「お、ふ、ろ……?」


 ギクリと表情が固まった。ルウはあまり風呂が好きではない。

 水がかなり貴重な所で育っていたので、それを使い身体を清めるのは数日に一度くらいの贅沢に当たる。


「オフロ……は、いいかなー」

「ダメですぅ〜お師匠様に怒られますぅ〜」

「いや、別に汚れてないし……」

「血がついてますぅ〜。清めないとバイ菌が入るですぅ〜」


 確かに今日は兵士の血を浴びている。それに灰色の雨もかなり身体に当たったので雨の匂いも混じっている可能性はあった。

 寧ろ、入りたくないからこそ灰色の雨で汚れが取れたのではないかと思うくらいだ。


「入りたくなったら入るから……」

「分かりましたぁ♪ ルウ様はぁレノアに洗って欲しいんですねぇ〜」

「頼んでないよ! 何でそうなるの!?」

「レノアがお手伝いしなくても入りますぅ?」


 全く折れる様子を見せないレノアにルウはお手上げ状態になった。

 多分、彼女は一瞬でルウを引きずり風呂に入れる事が出来るだろう。

 無理強いをしない所をみると、一応最後までルウの選択肢は残してくれているようだった。


「やっぱりいいよ。だってホラ、水は貴重だし!」

「むぅ〜強情ですねぇ〜ルウ様がお風呂に入ってる間にお洋服が乾かせるのにぃ」

「う、うぅ……」


 自分の服が乾くと確かに助かる。とは言え、あまり好きではない風呂に入るのも辛い。

 板挟みに悩むルウにレノアは名案だとニッコリ微笑んだ。


「じゃあ、レノアと一緒にお風呂入りましょう♪」

「な、何でそうなるのーーーっ!!」


 半ば強引に巨大なバスルームへ拉致られたルウは最後まで足を突っ張り抵抗したものの、腕力では全くレノアに適わず。

 無駄な抵抗も虚しく、身体の隅々まで綺麗サッパリ洗われたのだった。




 ────────




「ここまで遅くなるとは……ルウさんに申し訳ない」


 ディオギスはヘイルへの中間報告で呼び出しを受けていた。

 グランがセラフクライムを打つ事、〈創世神〉の再来、そしてグランの愛娘ルウが精霊石集めに旅立ったこと。

 そして今回最重要の報告案件は【変異】だ。


「彼は死して我々に大事な収穫をもたらした。こちらも早く動かないと」


 音を消して家の中へ降り立つ。いつもであればレノアが周囲を見張っているはずなのだが、彼女の気配が大人しい。

 2人の身に何かあったのかと不審に思ったディオギスは彼女に命じた客間をそっと覗いて見た。


「まさか、‘’あの‘’レノアとここまで仲良くなるとは……」


 2人仲良く並んで1つの布団に包まり眠る様子にディオギスはふっと笑みを零し、起こさないようにそっとドアを閉めた。

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