第8話 ドワーフとヒューマン


 メタトロン帝国近隣には人間族ヒューマンだけではなく、色々な種族が肩を寄せあって生活をしている。

 以前は多種族同士の交流は乏しく、忌み嫌うような微妙な関係性も続いていたが、互いの不理解を打ち破ったのも英雄リーシュであった。


「ほぇえええ……これが、メタトロン」


 自分の身長の倍以上ある高い壁を見つめルウは首を上へと伸ばした。

 メタトロン帝国は別名【鉄壁城塞】とも呼ばれており、壁は特殊な魔法防壁で作られている。

 帝国の中には長年異形いぎょうについて研究している部門もあり、その功績のひとつと言える。


「これ、どうやって入るんだろう。王様って偉い人がこの壁の上にいるの?」

「ふふっ、ここはまだお城ではなく、城下町の出入口ですよ。まずは──ルウさんの服を探しましょう」

「わーい! お買い物! お買い物!」


 ぴょんぴょん飛んで喜ぶと同時に、再びルウの腹時計が鳴った。


 流石にルウの腹時計の方が収まらなかったので、先に食事を摂ることになった。

 しかし薄くなっているとは言え、血のついた服にドワーフ独特の土臭い匂い。さらにすれ違う人々から嫌悪の目を投げられ、なかなか店に入れないでいた。

 ディオギスが何件か知人の店を当たってくれたようだが、何処も同伴者が……と断られているようであった。


「──あら、ディオギス様ではありませんこと?」


 ふと大通りを横切った所で、2人の従者を従えた赤の煌びやかなドレスに身を包んだ貴婦人に遭遇した。


「このような所で氷の軍師ヘイルの懐刀にお逢い出来るなんて夢のようですわ……!」

「わふっ」


 ルウは貴婦人らにわざと突き飛ばされ、坂を転がった。身長が小さい分反動がついてすぐ転がってしまう。


「ルウさん、大丈夫ですか?」

「いてて……」


 ルウが頭を押さえて顔を振っている様子を従者の女2人がクスクス笑って見下した。


「やだ、汚い小人族ドワーフがディオギス様に施しを受けてるのかしら」

「しっ、しっ。お前のような泥臭い奴にこの貴族街を通る資格なんてないわ」

「おやめなさい、2人共。ディオギス様の御前よ」


 貴婦人に諭され、2人ははぁいと口を噤んだ。何の会話か分からないが、ルウは見下ろされている目がただの好奇しか無い事だけは理解していた。


「ディオギス様、私の連れが失礼を。何かお悩みですか?」

「メルシャン婦人。食事処を探しているのですが、この近辺で“制約”が増えましたか?」


 メルシャンと呼ばれた女性は少し考えた素振りの後、チラリとルウにのみ冷たい目線を投げた。明らかにディオギスと態度が違う。


「いいえ、‘’制約”は増えておりませんわ。ただ……」

「分かりました。では行きましょう、ルウ」

「ふぇ? あ、ちょっと、ディオ!」


 ディオギスはルウの手を取るとスタスタと反対側の方向へと歩き出した。


「ま、まさか……ディオギス様が」

「どうなさいましょう、奥方様……」


 2人の従者は婦人に対応を求めた。しかし当の婦人もまさか自分がここまで無視されるとは想定していなかったようで、口元を覆っていた扇子を閉じると震える手で握りしめた。


「……許さないわ。あんな、あんな汚らしい小娘にディオギス様が奪われるなんて。そんな事、絶対にあってはならないのよ……!」

「そうですわ、奥方様! それでこそ──」

「えっ、お、奥方……様?」


 メルシャン婦人から黒い瘴気が放たれ、影から飛び出た何かが2人の従者を飲み込み、そして消えた。




 ────────




 手を繋いだまま無言で歩くディオギスに続き、ルウは昔の事を思い出していた。

 何年かに一度、オヤジと喧嘩して仲直りの握手をする。それ以来、誰かと手を握った事はない。


(あったかいな。ディオの手)


 人間族ヒューマン小人族ドワーフでは身体の作りも手の大きさも全く異なる。

 手の温もりで落ち着いたのか、あれ程しつこく自己主張していた空腹の鐘は静かになっていた。


「ディオは何処に向かっているの?」

「あぁ、失礼。私とした事が……」


 ピタリと足を止め、ディオギスは突然ルウの前に膝をついた。

 身長の小さいルウはディオギスの2倍以上の速度で歩かないととてもついていけない。

 いくら手を繋いでいるからとは言え、小走りのような状態でかなりの距離を歩いていた。


「無理をさせてしまいましたね。ちょっと、失礼……」

「う、ひゃああああっ!?」

「っとと……暴れないで下さいね、私自身こういう事が不慣れで申し訳ありませんが……」


 ルウの思考回路は完全に停止していた。

 同じ小人族ドワーフの間では絶対に無理と言われた『お姫様抱っこ』だ!

 逞しいとは決して言えないかなりの細腕だが、ディオギスは軽々とルウを抱き上げていた。

 ゆらゆらと軽く左右にブレ、足が地に付かない不思議な感覚にルウは彼の腕の中でソワソワしていた。


「ディオは神官なのに、何でこんな」

「これでも一応ヘイルに属しておりますからね。王宮警護と非常事態要員ですから、ルウさんくらい3人くらいは抱えられますよ」

「へぇ〜……そんな折れそうな腕なのに、凄いや」


 ヘイルと呼ばれる軍団がどのような仕事なのか何度説明を受けても全くピンと来ない。

 これが、英雄リーシュの所属しているフレイアであればもう少し反応があるのだが。


「ねぇ、アタシ別に歩けるよ?」

「どうぞお気になさらずに。ルウさんに嫌な思いをさせてしまい、大変申し訳無いと思っております」

「アタシ、別に嫌な思いしてないよ?」


 ディオギスが何故怒っているのかあまり理解出来なかった。

 多分、先程の女性らの反応について言っているのだろうが、自分の服に血がついていたら、それは飲食店で断られるだろう。

 まして、彼女らと自分は全く違う種族なので、やはり想定外の反応があっても仕方ないと思う。

 それでも、ディオギスは彼女らの態度が気に入らなかったらしい。だから無言で暫く歩いて居たのだ。


「さて、もうすぐ到着です。お疲れ様でした」


 到着と言いつつもまだルウを腕から下ろす様子もなく、彼に姫抱きされたまま歩く事5分程。

 そこは城下町から少し離れた場所にぽつんと残された普通の一軒家であった。

 慣れた様子で扉の前に立ち、中の住人を呼ぶ。


「レノア、お客様のもてなしをお願いします」

「はぁ〜い!」

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