第6話 旅立ち


「始まったか」


 グランはおぼつかない身体を何とか動かし、ルウと共に膝を突いて頭を下げた。


「〈創世神〉イリアよ。永き眠りから無碍に呼び起こした事、まずはお詫び申し上げまする」

『解っております。リーシュが施した封印は1000年しか持ちません。崩壊の時が来たと言うことですね』

「は……異形いぎょうが蔓延り始めておりますがリーシュ亡き今、我々に打つ手はありませぬ。ですが、唯一の手──何卒、この老いぼれに再びセラフクライムを打つ力を……」


 イリアは赤い瞳のまま真っ直ぐにグランを見つめていた。その視線は彼の左側に注視されている。


「オヤジ、やっぱりそんな身体じゃ無理だって。だからアタシが!」

「バカ野郎! セラフクライムは一日二日で出来る代物じゃねェんだよ! ヒヨっ子に何が……」

『双方鎮まりなさい』


 言い争いを一瞬で収めた凛とした声に、親子は口を引き締め再び頭を下げた。


小人族ドワーフ族長グラン。貴方にはセラフクライムの“ガード“を創る使命を与えます』

「はっ……」


 ガードは剣の本体ではなく、柄部分に当たる所だ。今のグランの体力であれば、それですら完成出来るか五分五分と言った所だろう。


(やはり見透かされているか……)


 グランは例え命を掛けたとしても、セラフクライムを再現させるつもりであった。

〈創世神〉にハッタリは通じない事を痛感させられる。


『そしてルウ──』

「は、はい!」


 憧れの〈創世神〉からの勅命にルウの心臓は跳ね上がった。不謹慎と思いつつもワクワクしながら次の言葉を待つ。


『貴女は私が託した火、水、風の精霊石を受け取る為に3種族を訪れなさい。それらを揃えた頃、グランも己の務めを果たしている事でしょう』

「3種族って」

『──狼人族ウェアウルフ人魚マーメイド森人エルフの、集落を──』


 イリアの姿が左右にグニャリと歪む。しかも後半の方は声すら聞き取れない。


「い、イリア様……?」


 彼女に触れていないので起きた異変に気付かなかったが、どうやら今自分達が見ているイリアは実体では無いらしい。

 声に雑音が入り交じり、更に聞こえなくなっていく。


『──の、本体は──中に。まずは、に──』


 イリアの姿はそのまま空間に溶けるように消えた。

 再び訪れた静寂。

 ぽかんとしているルウの横で、グランはどっこいしょ、と腰を上げた。


「オヤジ……」

「おめェもイリア様の声を聞いただろ? 俺がセラフクライムの要となるガードを創るから、それまでに精霊石を集めて早く帰って来やがれ」


 真顔のまま表情を崩さないグランは既に己の役割を認識していた。

 神の剣の作成に再び手を伸ばすのだ。幾らガードを創るだけと言っても身体が受ける代償は大きい。


 ガードを創り終えた後、グランがどうなるか今の段階では想像もつかない。

 とは言え、鍛冶一筋で生きてきた彼が〈創世神〉の勅命を無視するわけが無い。誰も止める事など出来ないのだ。


「オヤジ、身体は……」

「オイ、野郎共。歴史に残る大仕事だ、さっさと持ち場につけや!」

「は、はひい!」


 ルウの心配を無視し、グランは〈創世神〉を見て固まったままの弟子らを大声で呼んだ。

 久しぶりに親方が活気のある声で怒鳴る姿に、弟子達は一気に生き生きとした表情になる。


「おめェら、ニヤついてんじゃねェぞ! 飛ばすからな」

「あいあいさー! ガッテン!」


 長年使い込み錆び付いた炉に、新たなる仕事の始まりを告げる生命の炎が灯された。


「んだよ。おめェまだ居たのか」

「オヤジ……それ以上無理したら身体が……」

「はぁ……俺がやらなきゃ誰がやるんだ。それに、アルカディアでセラフクライムを2回も打つ小人族ドワーフが居たって伝説になるじゃねェか」


 伝説や伝記が大好きな娘を少しでも元気付けようと言ったのだろう。カラカラ笑うグランと対象的に、ルウは唇を尖らせたまま気持ちも深く沈んでいた。


「おい、神官」


 ルウの後ろで事を見守っていた人間族ヒューマンを呼ぶ。


「ついでで悪ぃが、この馬鹿娘にあんたがメタトロンへ戻るまでの間、色々案内してやってくれねェか?」

「承知致しました。グラン様もどうかお身体を大切に」

「あぁ。おめェには長い間世話んなったな。メタトロンに戻ったら皇帝にもよろしく言っといてくれや」


 言い終えた所で再びよろけたグランを神官がそっと支える。

 彼はまたこのオンボロは情けねェなとボヤいていたが、左半身の感覚が失われる速度が早い。

 このような状態のグランを置いて外に出る事が果たして得策なのだろうか。

 ルウは小さな頭であれこれ悩んだ末、ひとつの結論に達した。


「アタシはここに残るよ」

「何馬鹿な事言ってやがる。てめェが外に出て精霊石を持って来ないとガードは造れねェんだよ」

「でも、オヤジがガードを造らなくてもイリア様を呼んだら何か教えてくれるんじゃないの?」

「でももヘチマもねェ! これはてめェにしか出来ねェ仕事なんだよ、ルウ!」


 自分にしか出来ない仕事。そこまで言われ、漸くルウの中にあった何かが弾けた。


 今まで女小人族ドワーフというだけで自らの存在意義すら見失いかけていた。

 ところが、〈創世神〉からの勅命を与えられた事で外に出るだけではない。憧れて、何よりも大好きな父親の手助けがやっと出来るのだ。


 満足に動かない身体であっても、グランは絶対に鍛冶場から離れようとはしないだろう。彼らにとって鍛治は己の命を掛ける事に等しいのだ。


「分かったよオヤジ、急いで行ってくる!」

「おぅ。やっとマシな顔になったな。」


 ルウの迷いが晴れた事で、久しぶりにグランが安心しきった笑顔を見せたような気がした。

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